Fox&Monkey
県大会が進み、対戦校も当然減ってくる。進めば進むほど気合が入るのはどの高校も同じで、負けたくない思いが緒戦より一層強くなるものだ。
湘北高校は、昨年のように、比較的順調に勝ち進んでいた。大黒柱赤木が抜けた後を花道が埋めるかのように活躍し、攻守とも熱いのに冷静な流川と、チームメイトをよくまとめる宮城の奮闘があったからかもしれない。控えのメンバーが薄いのも変わらずで、比較的強めの新入部員でも、昨年の流川や花道のような生徒はいなかった。
だから、スターティングメンバー5人のうち、誰一人として欠けるわけにはいかなかった。花道も流川も、自分達の重要性を感じてはいても、特にいつもの生活と変わりなかった。元々がバスケット中心で回る世界であるため、何も注意することはない。逆に、オーバーワークにならないように気を付けるくらいだった。
「体力ねーなーオメーはよ」
ロードワークから帰って、自分のアパートについてきた流川に言う。改めて言わなくても、本人も十分知っている。荒い息を吐きながら屈伸運動をしていた流川は、額に怒りマークを浮かべながら、けれど反論できなかった。訂正できる点はないけれど、文句は言い返す。
「…ルセー、体力だけ男」
「なにっ」
階段を上っていた花道は、わざわざ立ち止まって振り返る。
こんな風な会話を、これまでも何度もしている二人だった。
特別「頑張ろうな」とか意気込みを見せ合うわけではなかったが、インターハイ出場を目指し、熱くなっているのは言わずもがなで、お互いに県大会のことを口には出さなかった。いつも通りの日常が、かえって緊張しがちな花道をリラックスさせていたのかもしれない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
出掛けの習慣として口に出るこの言葉を、改めて意識することはあまりないのではないか。流川家でしつけられたこの朝の挨拶は、いたって普段通りだった。
流川は毎朝寝ぼけながらも、この言葉を言う。ほとんど「きます」くらいしか聞き取れないのだが、母親としてはとにかく挨拶を習慣付けたかったのだ。
その日の朝も、家から登校する息子に変わらない言葉がけをする。深く考えて言うわけではないが、流川の根の部分に「気をつける」という単語は刻まれている。しかし、不注意運転も多かった。なのに、自身への被害はまだなかった。これが、幸とも言えたし、不幸だったとも言える。