Fox&Monkey


 

 その日は、リーグ戦入りするための大事な試合だった。湘北メンバー全員の気持ちは、もちろんこれまでの中で最も高ぶっていて、コートに立つ予定のない部員も肩の力が入っていた。手に汗握り、対戦校を睨む。
「おいおい、オメーら、顔が強張ってんぞ」
 同級生も後輩も、自分より先輩の部員にも、同じように頭を叩く。そのあっさりした平等性は、体育会系クラブの中でも珍しいが、花道がすると誰も怒りを感じないから不思議だった。これは、他校の生徒や監督にまでも平気ですることなので、キャプテンやマネージャーは冷や汗ものだった。
「桜木花道!」
 誰もが一目置くマネージャー彩子が、花道のボーズ頭をハリセンで叩いた。県大会が始まる前に、真っ赤な髪をまたすっきりさせていたのだ。
「な、痛いっスよ、彩子さん」
 そんなやり取りに、部員が笑って雰囲気が和む。闘争心は大事だが、ガチガチに固まっていては出せる力も出し切れない。宮城は一歩引いてチームのムードを読んだ。花道のおかげで、皆がほぐれたのがわかる。
 今現在、宮城が最も気になっているのは、頼りに思う後輩が、まだ現れないことだった。

「なぁアヤちゃん…まさか寝坊…ってこたねぇよな」
「うーん…中学の頃はあったけどねぇ」
「家の方は?」
「電話したんだけど、誰も出ないの。寝てて聞こえないのかしら」
 こっそりと、宮城と彩子が話し合う。誰もが気づいていることだけど、それぞれ自分のウォーミングアップに集中させたかった。
 けれど、花道はひたすら入り口を振り返っていた。

 試合開始5分前の連絡に、さすがの宮城も焦りが隠せない。部員ももう来てるはずと信じて疑わなかっただけに、組まれた円陣に見なれた姿がなくて動揺した。
「…連絡はねぇが、こっちに向かってるはずだ。それまではこのメンバーでいく。いいな」
 現れない流川の代わりに選ばれた部員が、せっかくほぐれた緊張を戻してしまった。仕方のないことだった。湘北ルーキーの代役なのだから。
「ケッ キツネがいねーくれー、どーってことねーよ。天才のこの俺様がいる限り」
 花道は大声で笑うけれど、あまりそれにつられるものはいなかった。
 またチームのムードを明るくしようとしたわけではなかったのだ。花道自身にこそ、そう言い聞かせたつもりだった。
「何やってんだ、あのバカ…」
 整列の前に、また入り口を振り返る。今ならまだ走ってきたそのままでコートに立てるだろう。毒づきながら、花道は試合に集中しようと対戦相手を睨んだ。

  

 


2002.6.11 キリコ
  
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