Fox&Monkey
流川楓の所在がわかったのは、その日の試合が終ってからだった。
キャプテンである自分に連絡がきたとき、まずどうすべきか一瞬判断に悩んだ。けれど、誰にも知らせないというわけにもいかず、まず彩子に電話を入れた。そして、そこから順番に部員に連絡網が回る。その内容を聞いて、誰もが「やっぱり」と思った。
「命には別状はないそうだから、お見舞いはまた後日」
というのが、彩子の判断だった。
全員、とりあえず安心したけれど、試合の疲れが一層増強したのも事実だった。そして、湘北バスケ部の流川という存在の大きさを再確認した日でもあった。流川のことについて、花道はずいぶん遅れて知ることになった。
試合の後、「ムカつく」と思って探し回っているのだと自分に言い聞かせながら、花道は暗くなるまで自転車で走り回った。通るはずの場所やいつも使うバスケットコート、それよりもまず流川宅に押しかけた。けれど、ドアベルに反応はない。
「寝こけてるんじゃねーのかよっ」
そうであればいいのに、とだんだん焦ってくる。
湘北高校まで来ても、週末で校門は閉まっている。自分のアパートにもいない。
探すところがなくなって困ったとき、花道は自分のしていることを省みた。
「…知らねー知らねー、あんな奴」
首を左右に大きく振って、花道はペダルをこぎ始めた。
そして、夜遅くに宮城から連絡が入ったのだ。
流川が目覚めたとき、見慣れない白い天井だけがまず目に入った。自分のおかれた状況が飲みこめず、果たして今がいつで、自分はどこで目覚めて何をすべきだったのか、瞬時に思い出すことは出来なかった。
ふと顔が影になって、誰かに覗きこまれたことに気づいた。
「楓…」
母が呼びかける声は弱々しいけれど、それならば朝なのだろうか、流川はまずそう思った。
「楓、気がついたのか」
反対側から父親の声が聞こえ、さすがにおかしいと思い始めた。
その父の方を向こうと思っても、流川は首を思うように動かせないことに驚いた。
「…あれ…」
小さな呟きも、口の中でしか発することが出来ない。乾いた唇がくっつくかのように動きが悪く、その上喉もカラカラだった。
戸惑う息子の表情が読み取れて、安心した両親が流川の求めていた答えの一つを告げる。
「お前は事故に遭ったんだよ。でも、命には別状ないそうだ」
簡素な説明で、いったいどこがどうなっているのかはわからない。流川自身、身体を動かすのが不安で怖かった。
「頭を打っているし、しばらく入院することになったよ」
父親の説明を聞きながら、ゆっくりと指先に力を入れてみると、シーツに触れるのがわかる。どちらも同じように命令通りに動くところを見ると、手は無事らしい。そっとふとんの中から出してみると、ガーゼを張られた両腕を自分の目の前に持ち上げることが出来る。では、いったいどこに入院するような怪我をしているというのだろうか。
「それから足をね…骨折してるから、固定されてる。…どこか痛むかい?」
そのことを最後に言ったのは、両親も息子がバスケットに真剣なのをわかっていたからかもしれない。そして、その事故当に大事な試合があったことも。
「…骨折?」
ほんの少し首を上げると、確かに吊るされた足を見ることが出来た。痛みも何も感じない流川は、それが自分の足だとは思えなかった。
枕に頭を戻したときに小さく「痛い」とうめいた息子は、「水、飲みたい」とまっすぐに天井に目を向けたまま訴えた。両親は、もう一度安心した。泣き叫んだり、誰かを責めたりするのではないか、とも想像していたからだ。
「先生に聞いてくるわね…」
目元を押さえながら出て行く母親の姿が、視界の端にうっすらと見える。動かない父親に、流川は尋ねた。
「今日…何日?」
「……日曜日だよ。試合は昨日…終った」
バスケット部に連絡を入れたのは父親で、そのときに県大会で負けたことを聞いた。息子が腫れた瞼を見開いたのがわかり、父親は父親なりにフォローを入れる。
「…楓、昨日は残念だったが、また来年頑張ろう。検査やたぶんリハビリがあるけれど、きっと乗り切れる。お父さん達は応援してるよ」
ところが、流川には何も聞こえていなかった。
負けたとはっきり聞かされなくても、雰囲気でわかる。「次」が「来年」だということからも察せられた。
そして、何よりも自分の怪我の大きさと事故した日にちを悔やんでいた。
湘北の敗因は自分の不在が大きかったということを、流川は自惚れでなく良く知っていた。
今の流川は、将来の不安よりも、なぜ昨日という日だったのかということで、頭がいっぱいになっていた。