Fox&Monkey


 

 湘北バスケ部は、期末テスト前ということで、体育館ではなく部室に集合した。狭く熱い空間に誰もがうんざりし、風もない湿気だらけの梅雨明けを体感していた。それぞれが持っている下敷きやうちわが、せめてもの空調だった。
 入り口あたりで報告する宮城を、花道はまるで無視するかのように窓の外を見ていた。背中から身を乗り出して、そのまま反対側へ抜け出るつもりにも見える。宮城は、そんな花道が眼に入っていても、注意しようとしなかった。
「もう知ってるだろうが、流川は車とぶつかって…いやぶつかられたらしい。左足を骨折して、今は入院中だ」
「…骨折って入院するものなんですか」
 流川と同級の桑田が問う。
「固定してるんだ。なんだかんだで1ヶ月くらいいるらしい」
 部内が少しザワついた。意外にも、骨折に詳しいメンバーがいないようで、ただ驚くばかりだった。
「…1ヶ月いて、夏休み中に退院して、それからリハビリとか…?」
「バスケットは続けられるのかな…」
 小声とはいえ、皆の素直な疑問が浮かんでくる。宮城は眉を寄せた。
「お前ら、気にはなるだろうが、当分見舞いは俺とマネージャーで行く。何かあったら、そのときに言う。…おかしなことを口にして、人の噂に上んねーようにしろ」
 シーンとなったのを確認して、宮城は咳払いを一つした。
「こんなことを言うときじゃないかもしれないが、もう俺はキャプテンじゃなくなる。新主将を決めなきゃいけないし、夏休みの予定も組まなきゃだ。…頼むぞ、2年生」
 呼ばれた2年生もピンと来ない話だった。主将は、二人のうちのどちらかしか考えられなかったから。
「…花道」
 遠くからまっすぐに見つめ返す。花道は、話に全く参加してなかった。
「お前はちょっと残れ。…他のみんなは解散だ。期末テスト、ガンバレよ」
 テスト明けに、また部活は再開ということで、話は締めくくられた。
 大勢で見舞いに行かない方がよいだろう、という提案に、誰も反対しなかった。

 人口密度が少なくなったけれど、部室は相変わらずの暑さだった。
 宮城と彩子は一度顔を見合わせて、どちらがどう切り出すかという相談を目で行っていた。いつもは主導権を取りがちな彩子だが、さすがに今日は遠慮しているらしい。
 窓の外を見たままの花道は、視線の遠くに悪友を見つけて手を振った。
「洋平ーっ」
 大きな声に気づいて、洋平は部室の窓に近づいてくる。部活はないのかとか、アルバイトの時間はとか、花道は意識を外に向けたがっているように見えた。
 けれど、聡い洋平はその雰囲気をよむ。
「あれ…なんか大事な話中っすか? 俺、行きますね」
「あ、水戸…」
 すぐに宮城は彼を呼び止めた。それは深く考えた結果ではなく、なぜそうしてしまったのかは宮城自身にもわからなかった。けれど、その方が良いと皮膚で感じたのかもしれない。
 実際、キャプテンである宮城の話に相づちを打ったのは、洋平だった。

「脳検査でも異常なかったらしい。骨折も軽い方だけど、やっぱ折れてるしな」
「…ということは、夏休み中、入院かリハビリで、バスケットはムリってことなんですね」
 宮城の説明を、洋平はシンプルにまとめた。しかし、本題はこれからだった。
「花道、お前に主将を引き受けてもらおうと思う」
 相変わらず先輩達に背中を向けたままの花道に、宮城は真剣な顔で言う。
 返事をしようとしない悪友の顔をのぞき込み、「念願のキャプテンじゃん」とからかおうと洋平は思った。沈み込んだ友を明るくしたい気持ちもあったから。
 けれど、その前に、花道は初めて口を開いた。
「…それは、ルカワの代わりか?」
「オイ、花道…」
「本当ならルカワをキャプテンにしようとしてたけど、ちょうどこの時期にいなかったからって俺が選ばれたのか? なあ、リョーちん」
 やっと顔を自分に向けた後輩を、宮城はじっと見返した。
「…ちがう。流川が今ここにいても、俺は花道を選んだ。お前が引き受けたらな」
「そーよ、桜木花道。今決めたことじゃないの」
 いつもは率先してしゃべる彩子が、控えめにフォローした。
 その後、だいぶ長い間花道は何も言わなかった。見かねた洋平が呼びかけて、ようやく返事をする。
「…わかった。…話はそれだけか?」
 はっきりとしない返事だったが、取り敢えず先輩達はそこで話を切った。
「桜木花道…流川の見舞いに行ってあげて」
 彩子らしくない静かな声に、花道は少し驚いた。
「…ふん、何で俺様が…」
 そんな口調をたしなめたのは洋平だけだった。
 彩子は病院とその地図を渡し、宮城と部室を後にした。
 洋平は立ち去り際に小さく呟いた。
「…去年のお前みたいだな、流川のヤツ。リハビリってツライんだろうな」
 独り言のようでもあったが、花道はその言葉で一年前の自分を思いだしていた。

 

 

 


2002.6.19 キリコ
  
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