Fox&Monkey
事故から2週間経って、花道は流川の病院に来た。
平日だからか、お昼を過ぎても外来は元気のない人でいっぱいだった。
暑い日差しを受けながらも、花道はなかなか病院内に入れなかった。「こんちワ…」
何時間も経った後、花道は被っていた帽子を脱ぎながら、聞いていた病室を訪れた。4人部屋の住人のうち、部屋にいるのは高齢の男性一人で、ネームプレートで確かめた名の持ち主は不在だった。
「…もしかして、流川くんのお見舞いかぃ?」
ベッドの上でテレビを見ていたはずなのに、気軽に花道に声をかける。入院生活では、人が訪れてくれるのを待つしか出来ないのだ。見舞い客が自分のであるかどうか、誰もが気にするものである。
「あ…ハイ」
背を丸めて花道は珍しく礼儀正しかった。
「やっぱりねぇ。流川くんと同じくらい背も高いし、噂だとバスケットやってるんだって?」
顔をしわくちゃにしながら、話し相手を見つけて嬉しそうに言う。花道は、いなかったことにホッとしたのも本当だったが、残念に感じたのも確かだった。
「…ウワサ?」
「ああ、看護婦さんがそんなことを言ってたよ。流川くんはあんまりしゃべらないからねぇ」
ここでも無口なのか、と花道はただそう思った。
「彼のお見舞いはね、大きい人が多いからねぇ。彼はしゃべらないけど、みんな大事にしてたよぉ。ところで、君は初めて見る顔だね」
「あ…俺は、いろいろ忙しかったし…」
「ああそうだろうねぇ。お見舞いは嬉しいもんなんだよ」
花道は、その気持ちはよく知っていた。あれからまだたった1年なのだから。
いつの間にか、花道は流川のお向かいさんと話しこんでいた。
それからしばらく長い人生と骨折やリハビリの愚痴を聞いたあと、花道は思い出したように話しを切った。
「あ…じいさん、ルカワ、どこ行ったんだか知らねぇ?」
「うーん…リハビリの時間じゃないと思うから、屋上かな」
「…屋上?」
よく行くらしいと最後に聞いて、花道は一礼した。
せっかく落ち着いた心拍が、またあがりそうだった。
屋上までの距離は、怪我人である流川が毎日のように移動するくらいである。エレベーターに乗ってしまえば、たいしたことはなかった。
ところが花道は、エレベーターの前でボタンを押すことすら出来ずにいた。
「…会って…どうすりゃいいんだよ…」
花道は帽子を被り直して俯いた。
ここまで来られたのは、宮城の考えを流川がどう思うか、または知っているのかどうかが気になったこととマネージャーに見舞いを頼まれたこと、そしてリハビリに苦しむ姿を想像し始めてしまった洋平の言葉のおかげだった。
「リハビリって…いろいろキツイんだよなァ…」
昨夜、花道はそう呟いてふとんに潜り込んだ。
今の流川の気持ちは、花道が一番理解できるのでは、と周囲の誰もが思っていた。
「俺ァ、励ましに来たんじゃねぇぞ…」
チクショウと呟いて、花道はエレベーター前から離れ、階段を選んだ。すっかり夏らしい夕方の屋上は、少しでも夕涼みをしようという患者や家族がくつろいでいた。花道は荒い呼吸を整えながら、首を振って流川を探す。一度は視界の中に入ったはずの人物に目が行かなかったことに驚いた。当たり前のように自分と同じ長身を探していたのだ。しかし、流川は車いすに座っていた。
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しばらく目を見張っていたが、だんだんと沸き上がってくる怒りが、ついに爆発した。
「コラーーーッ! キツネっ! こンのバカ野郎っ!!」
ある一人に向かっていきなり大声を上げた相手に、周囲はかなり驚いた。その険悪なムードに、皆スタスタと屋上を去るだけだった。
どれだけ花道が悪口雑言を繰り返しても、流川は遠くを見つめたまま振り返らなかった。
ちなみに、この春から「看護師」が正しいです。