Fox&Monkey
花道は、一回り小さく見える背中に手を置いてみた。特に反応もなく、ただ花道の言葉を待っているらしかった。
一瞬躊躇ってから、花道は大きな腕を流川に回してみる。すぐに流川は抗ったけれど、それほど強い抵抗でもなかった。花道はホッとして、その手で背中をゆっくりと撫でた。
「…俺が言うまでもなく、オメー自分で自分を責めてたろ? 大事なときに何やってんだ、って、さっき俺が言ったまんま、ずっと反省してんだよな」
先ほどまでの声音と違って、小さな穏やかな声だった。
「だ、だからよ…もういいじゃ…」
「誰も」
珍しく、人がしゃべるのを流川が遮った。
「誰も、俺を責めなかった。キャプテンも、赤木先輩も…彩子先輩も…」
当然の権利だと思っている流川に対し、周囲は怪我人を気遣った。事故自体は流川が望んだものでもなく、完全に相手の過失だった。それもあって、ただ誰にとっても不幸だった、と皆が諦めようとしていた。
けれど、花道だけは、自分を怒りに来た。そのことが、流川には一番嬉しいことだった。そして、事故以来、ようやく悲しむことが出来たのだ。
「…オイ、キツネ。こんなとこにいたら、日射病になるぞ。帽子ぐらいかぶって日光浴しろよ」
関係ないことを持ち出して、花道は自分の言通り、自分の帽子を流川の頭に乗せた。
「いいか、リハビリの先輩として教えてやるが、要は体力だ。根気だ。絶対に焦っちゃならねぇ。ちゃんと食って、元気じゃねぇと治るものも治らねぇ」
突然エラそうに言い出す相手に、さすがに流川の肩がピクリと動く。けれど、顔は上げなかった。
「起こっちまったもんはしょうがねぇ。もう治すことだけに集中しろよ」
「……」
「リョーちんたちには悪いけど、俺たちには来年がある」
花道は、流川の肩をギュッと抱いた。
「これだけのケガで済んで、よかったじゃねぇか… またバスケット、出来るじゃねぇか…よかったな…」
その声を聞いた者がいたら、花道も泣いているように思えたかもしれない。
「みんな…テメーが心配だったんだよ…」
「桜木」
「…な、なんだ」
「俺を、殴れ」
花道は、予想通りの言葉に笑った。ちょっと視線を上にあげると、夕日が綺麗に見えた。この瞬間は、思い出深いものになる気がした。
「バカ野郎、桜木様をナメんなよ。そんなんに乗ってるヤツ、殴れるかっつーの。ま…オメーが退院できたらな」
腕の中で、相手がムッとしたのがわかり、花道はそっと離れた。
「リハビリやってる。トーゼン退院する」
「ケッ その間にこの天才桜木様が、テメーなんぞ追い抜いてるぜ。すでに2週間の差があるしなっ」
指差して自分を笑う相手を横目に見ながら、流川はいつものように睨み返すことは出来なかった。
「…一生ムリ」
「な、なんだとー ずっと入院してろ、このドジギツネ!」
花道は、いきなりズンズンと出口に向かって歩き出した。だから、流川が久しぶりに呟いた「どあほう」というセリフは聞こえなかった。
ようやく静けさを取り戻した屋上で、流川は花道が来る前と同じ姿勢で同じ場所を見つめていた。
また頬を伝うものがあったけれど、その口元はやっと明るさを取り戻していた。