Fox&Monkey
流川が退院したのは、まだ夏休み中のことだった。病院を出たものの、松葉杖が必要な状態で、まだまだ通院しなければならない。それでも、あの環境から抜け出せるならいい、と流川は思っていた。
「病院は…メイる…」
「…そうだな」
ボールをバウンドさせながら、花道は同意した。花道も、よく知っているから。不自由な状態のまま退院してきた流川を、花道はよく連れ出した。行き先はいつものコートだった。花道は見舞いには一度しか行かなかったし、それは流川以外誰も知らないことだった。けれど、退院後、毎日のように息子と遊ぶ友人の存在を、両親は有り難いと思っていた。そんな友人がいることも知らなかったのだ。
「…メシ食いに来い…って言ってた」
しぶしぶ言う流川は、おそらく必ず伝えるよう念を押されてきたのだろう。一方、よそ様の家にお邪魔することの少ない花道は、どうすればいいのかわからなかった。流川とのおかしな関係があるだけに、ご両親に会うのはなんとなく恥ずかしい、と花道は思っていたのだ。
「…俺って、間男みてー」
流川に背を向けながら、花道は一人コートに向かった。こんなセリフは聞かれたくなかったから。
炎天下の公園では、朝や夕方にいろんな人が散歩に通る。ベンチに腰掛けたままの流川は、初めてそんな人達を観察していた。そして、ずっと目の前で練習する花道の姿をじっと見ることもあった。今の流川にできることは、ベンチでボールをバウンドさせるくらいだった。
「オイ、ルカワ」
しばらくして花道は戻ってくる。一歩動くだけで汗が飛び散るくらい、花道は走り回っていたらしい。それが当たり前のように出来ることに、流川は羨ましいとも恨めしいとも思った。
「オメー、片足で立てるよな? ギブスの足もついてもいいんだったよな?」
「…ちょっとなら」
「松葉杖ついたまま、立ってドリブルしろよ。あ、あっちの影の中でな」
その言葉のまま、花道は流川を誘導する。今の流川には、片方に松葉杖、もう片手にボールという状態が精一杯だった。
「こっちで支えてよ…右手でドリブルしろよ。で、疲れたら反対側」
花道のいうままに、流川は身体を動かした。
流川は、今出来ることならば、何でもやるつもりだったから。
しばらく動かしていなかった筋肉だったが、規則正しくずれることのないドリブルを見て、花道は少し離れてみた。
「…おし。疲れたら呼べよ」
流川は返事もせずに、ドリブルを続けた。立ってボールに触れられることに、実はかなり感動していた。花道は、流川が怪我をしてから、妙に気を遣っている。流川はそう思った。
そのことに、実はものすごく感謝していた。口にはいっさいしないけれど。
毎日同じ時間に、流川の自転車を使って迎えにくる。外に連れ出して、ボールに触れる機会を作ってくれる。自分で情けないと思いながらも、自分で自由に動くとはできないのだ。
花道は、毎日のように同じセリフを言う。
「焦っちゃならねぇ」
リハビリの苦しさを、花道はよく知っている。まだちっとも忘れていない時期だから、言い方に説得力もある。常に反発しがちな流川も、その言葉だけは素直に受け止めた。
もしかしたら、と考えることは滅多になかったけれど、花道がそう言い続けなければ、焦って元に自分に戻りたくて、もっと無茶をしていたかもしれない。流川は本当にそう思っていた。
日差しの強い真っ昼間は、花道の部屋で扇風機を前にして昼寝をする。先に眠る花道の開いた口を見ながら、流川はそんなことを考えていた。自分もウトウトしかけた頃、流川は「どあほう」と呟いて、花道の横で眠りに落ちた。もうすぐ夏休みが終わる。