Fox&Monkey
2学期の始業式は、特に2年生あたりがざわついたものになった。前で教師がマイクに怒鳴っても、なかなか完全には静かにならない。何の話なのかはわからないが、とにかく騒然としたまま式は終わった。
「見たか?」
「…何が」
「桜木と流川だよ」
のんびりと教室に向かう桜木軍団の耳に、良く知る二人の名前が出てきて少し歩調がゆるまった。軍団の誰もが、まだこの噂を知らなかったのだ。
「あいつら、二人乗りしてきたんだぜ」
「えーーっ?」
という周囲の声と、桜木軍団の足が止まったのは、全く同時だった。けれど、そのまま、噂話が遠くなるのを黙って待っていた。
「桜木が流川を乗せてたんだって」
「あーそういえば、流川ケガしたんだっけ?」
「松葉杖も持ってたけどよー 桜木がだぜ? スゲーと思わねぇ?」
そんな言葉を聞いて、二人が犬猿であると思われているらしいことが、洋平には良くわかった。洋平以外の軍団にもわかったが、どこまで仲が悪いのかについては、未だにはっきりしない。
「…あの花道が…」
「流川を?」
「…自転車に乗せて登校…だってさ」初日の情報がただの噂や見間違いではなかったことを、二人を知る人々はいやでもわかるようになる。
朝だけでなく、花道は帰りも流川を乗せていた。そんな光景が、毎日目撃されているのだから。
「桜木花道ってばどうしたのかしら」
「…いつの間にか仲良くなった、とかある? マネージャー」
「え…いえ、そんな感じにも見えないですけど…」
元キャプテンと元マネージャー、そして現役マネージャーの3人は、体育館の入り口でそんな話をした。体育館の中では、新キャプテンである花道を中心に部員が動いている。少しぎこちない号令も、照れた笑顔で誤魔化したりする。まだまだ板には付いていないようだった。
そして、もう一人の噂の対象である流川は、体育館の隅でドリブルをしていた。松葉杖をそっちのけで、壁にもたれている。左右交互に規則正しく、しかも狂いなく同じように跳ねるボールは、まるで機械のように安定していた。
「流川くん…ブランク感じさせませんよね」
ほんのりと頬を染める晴子の姿に、彩子は小さく笑いながら別の印象を述べた。
「なんだか、入学したてのあの子達をひっくり返したみたいよね」
「…アヤちゃん…」
宮城は絶句したけれど、すぐになるほどと思う。一年と少しまえ、花道はずっと壁際で基礎練習をさせられていた。それが、今は動けない流川が黙々とドリブルしている。
笑ってはいけない状況だけれど、確かにただ交換しただけのように見えた。
「最近は、流川くんも桜木くんも居残り練習はしてないみたいです」
目に見える二人の変化はそれだけだった。少なくとも晴子にはそう思えた。
「…そうよねぇ。あの二人が急に仲良くなんて… でもあれで結構アイツは優しいからね」
彩子は穏やかな視線を、コートの花道に向けていた。
登下校の最中、鈍感な流川でもさすがに視線は感じ始めた。特に登校時、歩いている生徒を抜かすと、横を向いている自分と目があったりする。けれど、すぐに視線は逸らされる。でも見られていることを、背中で感じた。
「…松葉杖って珍しい?」
それともギブスの足がだろうか。
流川は視線が集中しているところを、大きく勘違いしていた。
「さー?」
花道には、視線の意味が少しはわかっていた。
この自分が、流川の新しい自転車を使って、流川を後ろに乗せて、登下校しているのだ。誰の目にも自分が流川を送迎しているのは明らかだろう。その上、松葉杖を持っていない腕で、流川は自転車ではなく花道のどこかを掴んでいる。その仕草は、やはり珍しいものだったのだ。
けれど、恥ずかしいことをしているわけではないし、必要なことだと花道は思っている。自分が倒そうとする相手がバスケットに復活できるためならば、自分にできることを手伝おうと素直に思ったのだ。
それでも、
「ギブス外すまで送り迎えしてやろう。感謝するように」
口を開けば、そんな言い方しか出来ない花道だった。