Fox&Monkey
「明日、部活休む」
「へっ?」
「報告した」
一言で主将の許可をもらったつもりだった。そしてすぐに、流川の目は閉じられた。
あれから毎日送り迎えをしている花道だったが、ときには自分の部屋に連れ帰ることもある。何も聞かずにそうしても、流川もいいとも悪いとも言わない。
そして、それは久しぶりに流川が泊まった夜だった。
花道の目から見て、流川はバスケットに文字通り復活していた。実際に動ける部分は少なくても、以前と変わらないと思えた。それなのに、土曜日というたっぷりバスケットに浸かれる日に休むと言う。花道は驚いた。
「なんでだ? あ、リハビリか?」
「…チガウ」
眠たげな声は、もう面倒だと言っている。けれど、花道は引き下がれなかった。
肩を揺すってしつこく尋ねる花道に、流川はうっとうしげに答えた。けれど、それは花道が納得できるようなものではなかった。
「…明日の晩、来てやる」
「………あん?」
この返事のときに花道が深く考えればわかったかもしれなかった。
「さあ、すっきりしただろう」
明るい整形外科医の言葉に、流川は頷いた。足枷のようなギブスから、解放されたのだ。
「長かったね」
わざわざ付きそってきた両親が何度も礼を言う横で、流川は久しぶりに自分の素足を並べて見ることができた。立ち上がる許可をもらい、鏡に全身を写してみる。以前なら何とも思わなかった当たり前のことがやっとできるようになり、さすがに感動した。
「両足で立てる」
松葉杖なしで、自分の素足で起立していることができる。
けれど、並んで見える両足は、同じとはいえなかった。
「……細い…」
「そうだね、筋肉が落ちているからね。だから、いきなり前と同じようにしてはいけないよ。ゆっくり、ね」
回復していく患者を診るのはやはり嬉しいのだろう。主治医の声は本当に明るかった。
「…お世話になりました」
ほとんど話さなかった患者に礼儀正しく挨拶をされ、少し驚いた。
「バスケット、頑張れ」
「…うす」
そうして、始めは恐る恐る、しばらくすると堂々と、流川は病室を後にした。
花道の家の玄関で、聞き慣れたノックの音がする。花道は、首を傾げた。
ドアを開けると、やはり見慣れた黒い髪と鋭い目があって、少し屈みながら入ってくる姿も別に珍しいものではない。けれど、違和感を感じた。
当たり前だった。
「あっ! テメー、ギブスは? 松葉杖は?」
「もーいらねー」
部屋の中央で、流川は立ったまま両腕を組んだ。偉そうな態度だけれど、何の助けもないままにそこにいる流川の姿に、花道はちょっと涙ぐんだ。ジーンズが当然のように足首をかくし、素足の甲も見える。無表情に見える流川が、実はかなり喜んでいることを、花道はひしひしと感じた。
「そっか…」
良かったな、と続けたいのに、口を開けば余計なものまで出てきそうで、花道はすぐに台所に消えた。
「ぎゅ、牛乳飲むか…?」
ほしくもないのに、花道は何かをしたかった。
「……飲む」
返事をしながら、流川が歩いてくる。つい昨日までは、自分が運んでいたのに。
そんな当たり前のことをしばらく出来ないでいたのかと思うと、花道はもう止められなかった。
自由の身になったときの感動を、花道は今も忘れていなかったから。
コップを手にした流川は、花道が俯いたまま肩をふるわせ始めたことに驚いた。
「桜木?」
「…両手が好きにあげられて、前屈とか背筋とか、思いっきり走れたり…」
そんなことが嬉しかった一年前。
これまで何も考えずに出来たことが出来なくなったときのことも、それがまた以前のように復活できたことも、花道は嫌になるほど知っていた。
花道は、流川に両腕を回して引き寄せた。それは、抱きついた感じだった。
「…かったな…ルカワ」
肩が熱く濡れていくのを感じて、流川も同じように花道の肩に顔を当てた。
自分も、泣きそうなくらい、嬉しかったのである。
ギブスが外れることを黙っていたけれど、誰よりも真っ先に見せたかった。驚かせたかった。
素直にそう思ったから、流川は「うん」と頷いた。