Fox&Monkey
花道と流川の生活は、流川がケガする以前のものに戻った。
「花道?」
歩いて登校する親友の姿に、桜木軍団は驚いた。
「…あんだ?」
「いや…なんか久しぶりだな、一緒に歩くの」
「朝練はないのか?」
「…自転車は?」
思い思いに花道に話しかける。けれど、最後の質問にだけ振り返った。
「洋平?」
「流川は治ったんだな?」
「お、おう」
鋭い親友に、花道は目を丸くする。そして、そのことに触れられたのも、これが初めてだった。
「そうだな、そろそろギブス外せる時期だよな」
「あれって細っちまうんだよなー」
「けどすぐに戻るけどな」
大きな声で笑い合う。軍団がそろって歩くのは、本当に久しぶりだった。
「キャプテンだもんな」
花道の隣で、洋平がまとめる。その一言で、花道の行動を説明するつもりらしかった。
「お…ま、まあなー しょーがねーよな、俺ァ優しいからよぉ。あんなキツネなんか湘北バスケ部にいなくてもいーんだけ…ぶっ」
花道の言葉は、何かに遮られた。何かなどという可愛いものではなく、自転車に乗った流川が花道にぶつかったのだ。
「…どあほう」
「ふぬっ このヤロウ!」
花道が起きあがったときには、はるか前方で流川はがチリリリと鳴らしながら自転車をこぐ姿しか見えなかった。じっと見つめたままの花道を、洋平はため息をついて見つめた。
「…良かったな、自分で自転車に乗れるようになって」
「……バスケットもできる」
そのことが一番重要なのだと花道は思っていた。部活中、部員の目はやはり流川に行く。ドリブルしながら歩く姿を、これほど頼もしく思えたことはないと同級生も後輩たちも思っていた。
「流川先輩が復活したっ!」
「まだ走れないのかなー ダンクも見たいよね!」
そして、その声は部員だけではなく、応援の女性陣からも同じような言葉が聞こえた。
喜んでいるのはわかるし、自分もひそかに嬉しいと思っているけれど、花道はなぜかムッとする。
「集合! おいキツネ! テメーは出来ることだけやってろ」
と冷たく言い放つ。言われなくてもこれまでそうしていたのに。流川は改めて疎外感を感じた。
流川には、まだ制限あったから。「テメー、ムカつく」
流川は何キロも離れた花道の家に、その一言のために歩いた。走りたくなるのを押さえて、黙々と歩く。絶対言ってやるという強い意志の前には、時間など気にならない。そして、これもリハビリの一つだった。
「…あん? オメーまさか走ってきたのか?」
流川はTシャツとジャージ姿だった。どう見ても、以前の、夜に走る流川の姿だった。
まだ走れないのだと言いたくなくて、流川は無言のまま部屋に座る。さすがに疲れていた。
「そーいえば、部活中もジャージだったよな…なんでだ?」
それまではショートパンツだったのに。だから、ギブスはしっかりと見えていた。まだ寒いという時期でもないし、冬でもジャージは珍しい。けれど、ギブスが外れてからは、ずっとジャージだった。
質問に答えようとしない流川は、プイと顔を窓に向ける。理由を言いたくないのだ。
「あっ!」
突然大声を出して、花道は手を打った。
「わかったぞ! テメー、足が細ってンな?」
そう言いながら、花道は流川のジャージを引きずりおろした。あまりにも急なことで流川の抵抗が遅れたけれど、それでも暴れながら、花道を蹴飛ばした。
「ヤメロ、どあほう!」
「ケケケ おら、見せてみろよ」
ただでさえ体力に差がある。その上、流川は疲れ果てていた。なので、それほど時間がかからずに、流川の両足はむき出しにされてしまった。
「…どあほう」
口と、元気な方の足とで、最後の抵抗を試みたけれど、足首を捕まれて仰向けられた。
ため息をついた流川は、上半身を起こした。
「……やっぱほんとにやせるんだな…」
花道は、両足を並べて首を振りながら確かめる。見ることに気が済んだ後、手を伸ばしてきた。
「なあ…これって元に戻るのか?」
そう言いながら、普通の足とギブスの外れた足のそれぞれのスネあたりを撫でる。
その動きに、流川は返事が出来なくなってしまっていた。
「中学ンとき、アイツが骨折してよー やっぱやせて…」
花道が顔を上げたとき、流川は俯いていた。ほんのりと耳が赤く見えて、花道は驚いた。真正面にある流川の下半身を見て、いっそう驚いた。
「……はなせ…どあほう…」
花道は、膝頭から手を離さなかった。それだけでなく、そのまま上へゆっくりと這わせる。
目と目を合わせたけれど、どちらも逃げなかった。
花道が、やせた下腿に口を寄せると、流川の体はビクリと跳ねた。お互いの体に触れるのは、数ヶ月ぶりのことだった。