Fox&Monkey
部活のない日曜日、流川はいつものように公園のコートに向かった。
たいていはそこに花道が来る。逆に、花道が先に来ていることもあった。
けれど、今日はお昼になっても一人きりだった。以前の流川は、そのことに落ち着かないと感じたことがある。約束していなくても来るだろうと思っていたし、まるで来なくてはいけないかのように、おかしな独占欲を感じたのも事実だった。
「一人の方がはかどる」
口では何と言おうと、花道がやってくる方向を何度も見るのは、もうすでにくせになっていた。
そして今の流川は、気軽に花道の部屋を訪れる。「…寝てる」
珍しい花道の昼寝姿に、流川は所在なげに立っていた。
鍵を開けっ放しでよく眠れるものだと呆れながらも、そのおかげで自分はこうして入室出来る。
感謝なぞしないが、開いてなければ驚いただろう。
「夜更かし?」
をしたのだろうか。
花道の枕元に座りながら、流川は小さな声で推測した。
ときどき桜木軍団と遊んでいるらしい。そのことを、わかっているつもりだったが、どこかおもしろくない。けれど、言いたくもない。
爆睡という言葉がぴったりなくらい、花道は流川の気配にも全く目覚めなかった。流川はゆっくりと花道の隣に寝転がる。規則正しい寝息に引き込まれそうだった。
明るい中でその横顔を見ていると、まるで知らない人のようにも思えた。
「けっこー鼻高い」
額がしっかりと見え、そのまま鼻筋が通っている。太くはないけれどしっかりしている眉は、男らしい。髪の赤に対して、黒いままだったけど。その髪は、リーゼントにされる前のフワフワした状態で、ほんの少しだけ額にかかっていた。
こんなにじっくりと顔を眺めるのは、初めてだった。醜い顔ではない、流川はそう思う。
「けど、口開けっ放し」
いびきをかいているわけではないが、少し開いたままの口からときどき何かが聞こえる気がした。
「寝言…」
らしいとわかると、流川はそれに興味を示した。この花道が、いったいどんな夢を見て、何を話すのだろうか。そんなことを、花道と出会うまで想像したことはなかった。
「あ…」
じっと見つめていた唇に、乾燥した白い皮が見えた。放っておけばいいのだろうけれど、引っ張れるものはそうしたくなるのが人間の性だった。
流川は腕を伸ばし、指先で摘んでみる。遠慮がちに引いても取れず、何度目かには勢いがありすぎた。
「血…」
花道の下唇に、小さな丸い血液が浮かび上がる。ずっと見ていた流川はそんな表現をした。
しょっちゅう殴り合う自分たちの流血は、こんな可愛いものではない。これくらいが何でもないことを、十分知っている。だから花道も目覚めないのだろうと思った。
じわじわと球状に浮かんでくる血液を、流川は親指で拭った。その指を拭うすべもなく、自分の口に持っていく。かすかに鉄の味がした。
これで終わりと思ったのに、唇からの出血は止まらない。
「…けっこー出る」
もう一度、親指で撫でる。けれどすぐにジワジワ滲み出る。
花道が目覚めたときに血の跡があったらうるさそうだと思っている流川は、なんとか消そうと努力した。
だから、どんな思考もその妨げにはならなかった。花道が生温かいものを感じて意識が戻ったとき、自分と同じくらいの大きさに覆い被されていた。
すぐ前に真っ黒い髪があった。真っ黒い瞳と長いまつげが自分の鼻先に見える。
その温かさの源は、自分の唇にあった。
キスのつもりではなかった。流川は下唇を舐めただけのつもりだった。
けれど、花道にはそうは思えなかった。
いつかチューを!(笑)と以前から考えていたシーン(?)なんですがー
わ、わかりにくかったでしょうか…?