マーキング?
二人とも気づかなかったのは、うかつだったかもしれない。
とにかく、暗闇でしかしないことだし、そういう可能性に気づかないあたり、二人とも初心者だとも言える。新しいパターンが加わってから、というよりも、毎回いろんなバリエーションを試してくる桜木に、俺はもう分類も出来ずにいた。ただ波に流されて、たいして疑問にも思わずにいて、それだけだ。夜中に派手なことをしたとしても、朝は黙々とした雰囲気で着替えて食べて登校する。桜木は必ず俺より早く起きて、朝食を作る。家にいるときと、あまり変わらないから、俺は気兼ねもなくここによく来る。泊まっても、しない夜もある。これも、新しいパターンといえば、そうだろう。かなりの頻度で外泊していることになるが、学校をサボっているわけでもなく、誰も何も言わなかった。
思えば。
今日体育がなかったのがいけなかったのかもしれない。
クラスで終礼が遅くなって、部活に一人遅刻してしまったのがいけなかったのかもしれない。
制服のシャツが、Tシャツだったなら、もっと早く気がついただろう。
いやそれよりも、アイツさえしっかりしていれば、こんなことにはならなかっはずだ。遅れて体育館に入っていった俺に、やけに視線を感じた。そんなに注目されるようなことをした覚えはないのだが、全員が動きを止めて俺を見る。何か、おかしな格好でもしただろうか、と自分の体を見つめてみたりした。
「あーーーーーーーーーっ!!!」
そう叫びながら桜木が俺の腕を掴んで、体育館から出てしまった。驚いたまま連れ出されたが、わけがわからず、また額に怒りマークが出た。
「なにすんだどあほう」
力強く腕を振り払った。桜木は、怒るどころか、顔を赤らめてそっぽを向いた。そのおかしなリアクションに俺も拍子抜けした。
「…てめー、熱でもあんのか…?」
俺を見て、顔を赤らめたことなどなかった。照れるような間柄じゃねぇと思うんだが。
「いやっ、ちがっ、その… おめー、鏡見たか…?」
そういいながら、俺の手を引いて部室に戻る。俺は、その熱い手のひらに少し驚いた。こんな明るい中、部員もすぐそばにいるところで、腕をつかまれるとは思ってもいなかったからだ。
それにしも、
「…鏡……?」
そりゃあ、顔を洗うときや、トイレにも鏡はあるし、見たは見た。やはり、俺の顔に何かついてるのだろうか? それならそう言ってくれりゃいいのに、なぜわざわざ部室に?
部室にあるただ一つの鏡の前に、桜木は俺を立たせた。
桜木は、俺の両肩を後ろから掴んだまま、俯いていた。同じように鏡を覗き込んでいれば、滅多に表情を変えない俺が、ものすごい顔をしていたのが見れただろうに。
俺は、両目をこれ以上ないってくらい見開いたまま、しばらく開いた口も塞げなかった。
宮城キャプテンをはじめ、彩子先輩達まで俺達の様子を見に来た。きっとけんかしているに違いないと全員が思ったらしい。確かに俺達はけんかしていた。ただし、みんなが思っているのとは、違った理由だろうが。
「おい、ここを開けろ! 花道! 流川?」
ドアをガンガン叩く音がする。桜木は鍵をしめたらしい。
人が来たので、俺達は口に出してけんかするのを止めた。ただの殴り合いになってしまった。それまでは、
「おめーが気をつけねーからっ!」
「てめーこそ、鏡くらい見ろよ!」
「…もうしねー」
「なにぃ! せっかくこれからは気を付けてやろうと反省していたのにっ!」
「反省は猿でも出来る、って言うじゃねーか」
「ふんぬーー!」
などなど、とにかく今は理由もわからず、いつものけんかだ。桜木は、楽しそうに俺に振りかかってくる。俺は、いつもの桜木に安心しながら殴り返す。
殴りかかった俺の右手を掴んだ桜木は、そのまま左手も掴んで壁に押しやってきた。まさかこの流れは、と一瞬疑問に思いながら、だんだん影になる自分の顔に確信した。
ドアの外ではまだ人だかりが叫んでいる。そんな中で、俺達は深いキスをした。大胆なヤツだと思ったが、俺も共犯者といえる。
桜木は、俺の体から離れながら、首の横辺りについた赤い痕をなぞった。耳元で、声を掠れさせて呟く。夜ならきっとソノ気になるような、低い声だ。
「……俺がつけた痕だ、ルカワ」
指でなぞられたそこが、部活の間中うずいている気がして、俺はしょっちゅう雑念を追い払いたくて首を振った。また外泊の連絡をしてしまうかもしれない。
どうでもいい、と思ったのに、キャプテンに傷テープを貼られた。けんかでケガしたところだけでなく、首にもだ。貼りながら、大きなため息をついたのは、気のせいだろうか。
部活に勝手に応援に来ているつもりの女どもが、やけに静かなのは、このせいなのかと不思議に思った。しかし、よーーっく考えてみると、これは誰の目から見てもキスマークで、俺がつけられるようなところではないことから、誰か、しかも深い仲の「オンナ」がいるに違いない、とクラブ中の誰もが思ったのだろう、と後から気づく。
この中で、真実を知っているのも、またこれをつけた犯人も、桜木花道だということに、俺はなぜか優越感を感じているらしい自分に少し驚いていた。
桜木は、やたらと上機嫌でバスケしていた。
2000.10.16 キリコ