その寝顔

 

 2年生になってから、割と真面目に登校していた。
 しかし、6月の、梅雨の時期、なんとなく気が重くってだるくって、ダラダラしていた。今日は、思いっきり遅刻だ。いや、本当は来るつもりはなかった。
 授業中のこの時間、下駄箱も廊下もシーンとしている。雨の音以外は、俺の立てる音だけが、静かに、でも確実に響く。小うるさい連中に見つかるとメンドーだが、あまり気にせず堂々と自分の教室へ向かう。
 自分の教室へ向かう途中に、アイツの教室がある。必ずその前を通ることになる。背の高さからか、必ず一番後ろの席に座るアイツは、見掛けたときのほとんどが、机に突っ伏していた。顔を廊下側に向けたり、あっちを向いていたりするが、とにかく寝ている。どの時間帯でもだ。あの顔で、言いたくないが、あんな綺麗な顔をして、ヨダレをたれたまま眠っているアイツは、情けない顔にも見える。それでも、周囲の目を気にしないアイツは、結構格好いい、かもしれない。
 あ…今の取り消し取り消し。

 今日は、もちろんいない。知っているのに、目が自然とその席に行く。無断欠席に、センコーは怒っているかもしれない。けれど、俺が休ませた。
 アイツの教室の前で立ち止まった俺は、しばらくその机を見つめていた。いるべきはずのアイツ、いつもなら、そこで寝ているはずのアイツ。真っ黒いサラサラの髪が机に拡がっていて、閉じられた瞼はピクリともしない。日頃きつく見えるキツネ目は、長い睫毛であることを隠しているらしく、眠っていると頬に影を作るくらいだ。まっすぐな鼻筋も、俺より白い顔も、悔しいがキレイとしか言えない。それなのに、開いた口からはヨダレだし。おかしな奴だ。
 今朝、その顔を、俺は俺の腕の中で見た。

 苦しそうだったのに、「止めよう」とは言わなかったアイツに、俺は調子に乗ったかもしれない。俺は嬉しくて、そして表情は変わらないけれど喜んでいるらしいアイツ自身も嬉しくて、はしゃいでしまった。呻き声ばかり聞こえるのに、俺を押しのけようとはしなかったアイツが、なんだか可愛く見えた。俺のためにガマンしてくれた、んだと自惚れていいんだろうか。
 未だに信じられないけれど、俺はルカワを抱いたんだ。

 昨日一日、熱に魘されるアイツを看病していた。きっと俺のせいだから。
 それなのに、今日はどうしても行け、という。
 大丈夫か、と何度聞いても、同じ返事しかしなかった。

「てめーは、1日もサボるな」

 これは、ガッコのことじゃなくて、バスケのこと、だよな? ルカワ?
 俺が、お前に追いつくためには、1日も1時間でも無駄にしちゃなんねーってことだよな? お前を目指してガンバレ、ってことだよな?
 いや違うぞ! 俺は、おめーを倒すために努力してんだからな!
 覚悟してろ。

 負けず嫌いな俺は、そんなことを考えてたった一人廊下で握り拳を作っていた。授業終了のチャイムと同時にあちこちの教室から生徒が出てきて、俺の姿に立ち止まった。俺は、その状態のまま引っ込みがつかず、しばらく見せ物になっていた。
 

 



2000.11.6 キリコ

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