うるさいアイツ

 

 うるさい奴が復活してきた。そう、うるせーんだ。
 いないときは、やけに静かに感じたが、いたらいたでかなわない。ぎゃぁぎゃぁ叫びながらしなきゃならないスポーツじゃない。バカだから、存在感を示したいのだろうか。きっとそうに違いねー。
 黙っていても、いるだけでかなりの存在感があることを知らねんだろう。

 アイツの走り回る姿を見ると、大人しく寝ているのを想像するのはムツカシイ。実際に見た俺ですら、あれは別人だろうと思うくらい、臥せるのが似合わない奴だ。アイツが他の1年と笑って話しているのをじっと見てしまう。無理してんじゃねぇかと考えてしまった自分に気がついて、慌てて鳥肌を立てる。別に俺が気にすることじゃねーのに、知らない間にあっちに目が行ってしまう。
 ま、俺が優しいからだって、思うことにする。俺は決して気にしてねー。

 

 それにしても、ウチのクラブ連中につけられたアダ名はだいぶ聞き慣れた。どこからそんなもん思いつく、と不思議になる。思わずつられて「ゴリ」とか言ってしまいそうになったこともあった。あれは不覚だった。
 昨日の他校との練習試合でも、特定の人物におかしなあだ名を付けていた。相手にしてみたら、きっとそれまで全く呼ばれたこともなかった呼ばれ方に違いねー。はた迷惑な奴だ。
 前から謎だと思っていたのだが、アイツはなぜ俺だけ名字で呼ぶんだろう。別にあだ名を付けてくれってんじゃねぇが、年上だろうが、強者だろうが、めちゃくちゃな呼び方をするアイツが、なぜ俺だけ? キツネとか言うが、自分も赤毛猿だ。いや、きっと、大嫌いな俺だけ付けたくねぇんだろうな。ヤレヤレ。
 このことは、一度間違って立ち聞きしてしまうまで、思っていた。
 まだ空も高く、気候もそこそこだった秋の頃だ。屋上でうたた寝をしていたら、いつの間にか桜木軍団が来ていた。大して隠れていなかったが、向こうは俺に気付かなかったらしい。でかい声の笑い声にうっすら目覚めて、額に青筋が浮いた。邪魔する奴は、と起きあがろうとしたが、相手がわかった途端やめた。ただでさえ顔を合わせれば怒るアイツだ。平和な昼休みを潰したくなかった。
 話の経緯はわからねーが、水戸が桜木に聞いていた。
「ルカワにあだ名付けるとしたら?」
 いったい何の話だ、と思う。あだ名なんかどうでもいいと思うんだが、正直なところ俺は耳を傾けて桜木の反応を待った。
「ぬ?」
 どうやら桜木も困っているらしい。シーンとしてしまっていた。
「他の奴らは思いつくままに呼んでるくせに、なんで流川はルカワなのかと思ってさ」
「・・・洋平、俺わかんねー」
 意外と真面目に答えた声だ。本当にそのとき思いついたままに付けるから、改めて考えろと言われてもダメなんだろう。やっぱりバカだ。
「だってよー、ルカワはルカワじゃねぇか」
 いつもより頼りなく聞こえるその呟きに、シーンとしてしまったのは俺の方だ。なぜだろう、なんか心臓が音を立てた気がする。今の言葉は、あいつらしくないけれど、本心な気がした。

 どうもその言葉が頭から離れられず、そして自分でも不思議なのだが、あんな風に桜木がまともに話す水戸だけじゃないだろうか。それだどうというわけではないのだが。別に話さなくても、あいつはわかりやすい。惚れた女の前では舞い上がってまともに話も出来ねーでいるし、悔しいときは本当に悔しそうな顔をする。初心者が一丁前にエラそうにして、いつの間にかクラブの中心になっている。アイツは、いつも誰かに囲まれている。
 寂しいのではなく、囲まれたいのでもなく、もしかしてあの群がりに入りたいのか俺、という一瞬頭をよぎった考えはすぐに捨てる。余計な、しかもおかしなことを考えるより練習練習。

「ぬ? こらルカワーー! 一人抜け駆けしてヤルんじゃねー!!」

 そう言って、アイツは群がりの中から出て、俺に向かってくる。俺がバスケしているとき、アイツは俺に意識を向けるんだ、ということに、最近やっと気がついた。

 

 

2000.9.14 キリコ

 SDトップ     NEXT>