イメージトレーニング
繰り返し観るビデオに、さすがに目が乾燥してきた。隣で観ていたはずのルカワは、いつの間にか肩が並んでいなかった。ズルズルと壁からずれていったらしいコイツは、静かな寝息を立てていた。
もう寝るか、と心の中で話しかけて、重いアイツをふとんに引きずっていった。そろそろ1年くれー経つだろうか。
リハビリ中の俺の見舞いなのか、今でもよくわからないが、ときどきふらりとコイツはやってきて、長居もせずに帰っていった。こんな今になっても変わらないのだから、去年ももっと会話もなかったのだ。それでも、他のみんなのように「元気か?」と聞かないアイツに、俺は気が楽だった。そう聞かれたら、「元気に決まっている」と答えなければならない気がしていたから。
励ましもしないのに、ただ黙って椅子に座っていた。俺のほうすら見ずに、病室から見える外ばかりを眺めていた日もあった。それでも俺は「何しにきた」とも「帰れ」とも、言うことすら考えなかった。大嫌いなキツネだったが、一番気を遣わない見舞い人だった、と思う。
手みやげ、というのだろうか。必ずビデオを持ってきた。初めてルカワが病室を訪れたとき、テレビを見つめていた。
「…そのテレビ、ビデオはあるのか?」
挨拶もなく、俺の様子をチラッと横目で見たあと、いきなりそんなことを聞いてきた。
「あん? あ、ああ。ここにはねーけど、談話室なら」
頼めば貸してくれると聞いていた。俺がそう答えてすぐに、カバンの中から何本かのビデオを取り出し、俺の足下に置いた。
「これ、観ろ」
「…なんだコレ?」
手にとってラベルを見ると、NBAとかいろいろ書いてあった。スペルはよくわかんねーが、この不揃いな英語はルカワの字なのだろうか。
ルカワは少し前屈みになって、俺の目を真正面からじっと見つめてきた。
「これを観ろ。何度も観ろ。全部の動きを覚えて、自分の動きに置き換えろ」
珍しく、勢い良くしゃべったルカワは、言いたいことが終わったらしく、すっと体を起こして上から涼しい目線を向けてきた。今のを要約すると、カラダは動かせないが、イメージトレーニングをしていろ、という意味なのだろうか。俺は少し首を傾げて見上げた。
ルカワは何も言わずにクルッと背を向けた。
それから、何日かおきに見舞いに来て、その度にビデオを置いていく。どのビデオもルカワの物らしく、そして標準録画なのにかなり画像が粗い。もしかして、ルカワも繰り返し観たのだろうか、と思い始めたときから、リハビリの時間以外は談話室に閉じこもる日々を送った。あの夏が過ぎて、あっという間に冬になって、2年生になってまた夏が来た。
県大会で順調に勝ち進んでいる俺達は、意識がバスケに向いていた。ルカワもそうなのだろう、ビデオ持参でやってきた。真夜中を過ぎていたことにも気付かず、何度も繰り返し観ていたから、俺の目もさすがに疲れた。ルカワは完璧に熟睡中だ。
俺よりは軽いけれど、重たい男のカラダを引きずった。両手を腋の下から入れると、力のない首がガクンと揺れる。その度に真っ黒い髪がサラッと流れる。たったそれだけのことに、ドキンとした。本当は、お姫様抱っことかで運んでやるとカッコイイのもしれない。けれど、照れが先に立って出来なかった。別に誰も見てねーのに。
もう何度も見た寝顔に、俺は安心したようなため息をついてしまった。
たくさんの選手のバスケットを見てきた。ビデオでも雑誌でも。高校入学するまでの俺なら、「すげー」と思ったとしても、「どうすごい」のか、説明出来なかっただろう。自分でやってみて、初めてその難しさがわかる。持って生まれた運動神経だけではどうにもならないことがたくさんあることが、ゴリが基礎基礎とうるさく言っていた意味が、今ならわかる。バスケットは一人でやるもんじゃない。チームの動きもわかって、気付いて、予測して、自分も動く。チームプレーだ。
気に入ったパワーフォワードの動きを、目を瞑って自分に置き換えてみる。早く低く走る飛ぶ。そしていつも必ずアイツがそばにいた。他の8人の顔は見えないのに、ルカワは俺と同じユニフォームを着て、俺の前を行く。いつも、そこでイメージトレーニングを止める。俺は、どうやらルカワとバスケがしたいらしいのだ、と自分で認めたくなくて。俺は、おめーをいつか倒すから、違うユニフォームで登場してくれ、とため息をつく。
「…チャールズは…?」
小さな声に、突然現実に引き戻された。ふとんに座り込んで考えていた俺は、隣で寝ていたはずのルカワの方を向いた。目は閉じられたままであり、寝言らしかった。
ワタクシ、バスケット、体育以外ではわかりません…
NBAもあんまり…(どころか全然知らないかも…(><))
もしかして花道はゴリのセンターを受け継ぐのかな…2000.11.13 キリコ