夏休みのデンワ

 

 久しぶりに一人静かな夏休みの1日だった。
 洋平もみんなもバイトとかで忙しいらしく、去年の夏は俺のために協力してくれたんだろうってことがよくわかる。
 クラブの練習もインハイ後のちょっとした休みに入ったから、メンバーにも会わない。
 そして、ルカワは家族と旅行だ。

 別に、ルカワの予定をわざわざきいたわけではなかった。
 夏休みまで毎日のように顔を合わせ、けんかをして、どあほう呼ばわりされるのがムカつく。
 なんであんなにもイラつくのか、あの顔がいけないのか、口調か?
 バスケのこと、ハルコさんのこと、ムカつく理由はたくさんある。
 それなのに、気がついたら見つめていて、目が離せなくなっていて、自分でも不思議だ。

 ふと目が合う機会が多くなった、と感じたのはいつ頃だろう。
 いつの間にか、暗黙の了解でクラブのない日はあの公園でバスケをしていた。
 知らない間に、おかしな関係になってしまっていた。アイツが何度俺の家に泊まったか、数えられないくらいだ。
 なぜか、なんてわからないけれど、そうしたいと思って、あのルカワも逃げないのなら、良いか悪いかなど聞かずにいようと思う。
 こういう間柄になっても、俺達に会話はあまりない。

 仏頂面で、眠り狐で、バスケットはまぁ天才な俺と並ぶ…とは言えないかもしれないが、身長は俺よりも低いけれど小柄なんていう可愛いもんじゃないし、口を開けば人を罵ることばかりだ。
 だけど、アイツの自由に動く真っ黒な髪の毛や俺より白い顔とか、走る姿もボールを追う背中も、勝ちたいという熱い思いも、なんとなく見つめていたいと思う。
 俺が体重をかけると、イヤそうな顔をする。表情がないと思っていたキツネの表情が、だんだんとわかってきた。ほんの少しの変化だが、感情を露わにする。きっと、ルカワより身長の低い女の子達には、見えにくいのかもしれない。
 俺と同じ体なのに、素っ裸にして確かめたのに、俺は何度も触れたくなって、コイツをほしいとか思うらしい。
 男が男をほしい、と思ったとき、どうすればいいのか、俺にはわからなかった。ルカワが俺をほしがるとは思わなかったが、きっとアイツもわからなかっただろう。だから、俺達は、ただ本能に従った。

 

 一人の時間を楽しもうとしていたのに、いなくて清々しているはずのキツネのことばかり考えていることに気づき、慌てて頭を左右に振ってみる。暑いアパートの中は夕方になっても変わらず、汗が飛んだ。
 メシの支度でも、と立ち上がったとき、電話が鳴った。
「はい、桜木…」
「……」
 俺は、イタ電かと思った。声のトーンを下げて、一応相手を確かめる。
「もしもし?」
「……俺だ」
「……………ル、ルカワ?!」
 耳を澄ましてその声を確かめようと受話器を耳に押し当てたが、電話の主は黙ってしまい、俺は焦っていっそう汗をかいた。
 ルカワからの電話は、これが初めてなのだ。
「おめー、今、どこだ?」
「…旅館」
 そりゃそうだろうが、と突っ込みを入れそうになるが、舞い上がっているらしい俺はバカにすることもできなかった。
「あ、旅行だもんな。楽しんでんのか?」
 家族旅行、という言葉が、実は少し引っかかっていた。胸にトゲが刺さった感じにチクッとくる。俺には縁のない言葉だからだろう。だけど、それはルカワには関係ないことだ。
 そんな俺に遠慮してるのか、ルカワは出発当日まで黙っていた。公園で朝練したあと、「今から出かける」と小声でいった。慣れねーくせに、俺に気ぃ遣ったんだろうか?
「温泉が…」
 ルカワの声よりも、後ろの笑い声の方がはっきり聞こえる。珍しくたどたどしく小さな声でしゃべっている。おそらくは響きやすいロビーのようなところでかけてるんだろう。
「温泉がどうかしたのか?」
 そういえば、ゆっくりするとかで温泉がどうのと言っていたことを思い出す。あのルカワ、猫舌のルカワが温泉? 大丈夫なのかと少し心配した。
「…あちーのとぬるいのがある」
「……ああ…いろんな種類のある温泉なんだな?」
 なぜだか、いちいち通訳のように自分で要約しなければならない。こんなにも話しにくい相手ではない、と思うのだが、そばにいて黙っているのと、電話口で黙っていられるのとはわけが違う。俺は、耳から聞きたくて一生懸命話しかけた。
「…ここなら……てめーと入れる」
「えっ?」
 ちょうど、後ろがざわついた。でも聞き逃さなかった、と思う。
「もー切れる。じゃー」
「あっ、オイッ、ルカワ?」
 それはあっという間で、プープーという音しか聞こえてこなかった。なぜ最後だけいつもの口調に戻りやがるんだバカやろう。俺は、受話器をガチャンと音がするくらい勢いよくおろした。
 そして、今の会話を何度も思い出して、吹き出した。
 しまいには、俺はおかしさで笑い転げてしまった。

 あのキツネが、俺に電話してきたことも、お湯の好みが違うのを覚えていたことも、正直に言ってしまってから慌てて切る様子も、すべてがおかしくて膝を抱えて俺は転げ回った。
 もしかしたら、これがトキメキってヤツなのかと考えても、俺はいい気分で静かな夏休みを過ごせた。

 

 

2000.11.29 キリコ

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