キャプテン

 

 3年生が引退する。今年は全員引退するらしい。
 正直なところ、冬の選抜のことを考えると、宮城キャプテンが抜けるのはかなり痛い。そんなことを考えながら、屋上で夏の生ぬるい風を受けていた。
 そこへ、俺を捜していたらしい本人が、突然現れた。
「流川? ちょっといいか?」
 寝そべった俺の頭の真上から見下ろされた。顔は影になって見えなかったが、小さなピアスが太陽に当たって光っていた。
「……うす」
 俺は、ゆっくりと起きあがり、並んで座った。

「俺達は、引退だ。流川」
「……うす」
「…俺は、キャプテンだった」
「…うす」
「…お前、そればっかりだな」
 軽く頭を小突かれて、宮城キャプテンは小さく笑った。
「…先輩が、本題に入らねーから」
「………わかってんだな?」
「…うす」
 端から聞いていれば、何のことかわからなかったかもしれない。けれど、俺は先輩達の引退と同時に、決めなければならないこともわかっていたし、宮城キャプテンが選ぼうとしている相手もわかっているつもりだった。
「キャプテンってのは、実力で選ばれるものかもしれない」
「…うす」
「…けれど、そればかりじゃなくてもいい、よな?」
「……」
 なかなかその一言が言えないらしく、回りくどい説明ばかりだった。俺は頷くのも面倒になった。
「…先輩…」
「なんだ?」
「桜木すね?」
「……俺は、そのつもりだ」
 やっと顔を上げて俺を見た宮城キャプテンは、何だか同意を求めているのか、それとも謝罪の意味を込めているのか、ツラそうな顔に見えた。
 俺は立ち上がり、その場を去ろうとした。その背中に、宮城キャプテンが話しかけた。いや新キャプテンが決まったなら、先輩か。
「実力は、流川、お前が一番だ」
「…うす」
 高校の部活のキャプテンというものが、どのように決められるかよくわからないが、実力でいうなら俺に決まっている。けれど、俺は別に「キャプテン」に固執するつもりはなかった。桜木が選ばれるのは、ちゃんとした理由があると思う。先輩に言われるまでもなく、俺もそう思っていた。俺はきっと、「桜木キャプテン」などと呼べないだろうが、アイツがキャプテンになることに反対するつもりはなかった。

 桜木が新キャプテンだと発表されたとき、本人もすべての部員も驚いたらしい。そればかりでなく、全員が俺の方を向いた。
「…なんだ?」
 俺の方が面食らった。そんなにも意外なことだったのだろうか。
 当の桜木も、戸惑った顔をしていた。1年のときから「次期キャプテンだ」とエラそうにしていたはずなのに、いざ指名されると怖じ気づいたのだろうか。いやまぁきっと違うだろう。実力で選ばれるのならば流川だ、と桜木も誰もかれもが思っていたようだ。
「…花道? いいな?」
「えっ… リョーちん…」
 何だか頼りない返事で、部内全員がそんな感じだった。その日は、身の入った練習から程遠かった。

 絶対に誘いが来ると思ったら、桜木は怒ったように俺を引っ張って帰った。俺の家じゃなく、自分の家に。道中黙ったままだった桜木は、勢い良くドアを閉め、放り投げるように俺を部屋に押し込んだ。何をするのかと思えば、ガチャガチャと荒々しく熱い茶を入れていた。まだ夏なのに。
「ほれっ!」
 怒ったように差し出して、目も合わせずにそっぽを向いてしまった。わかりやすい奴だと呆れながら、お茶が冷めるのを待った。
 ズズッと音を立てて一口飲み、俺は思うところを話してやった。
「…バスケが出来ることには変わりねー」
 桜木は勢い良くこちらを向いた。まだ口を開こうとしないようなので、また俺が言う。
「てめーは、実力は俺と段違いだが、引っ張る力がある」
「引っ張る…?」
 首を傾げて、眉を寄せる。コイツは意外と自分ってもんがわかってないと気付く。
「ムードメーカー」
「……俺が?」
「……っていうのが、宮城先輩の考えじゃねぇか」
「…じゃぁ… おめーの考えは…?」
 さっき言ったじゃねぇかとため息をつく。それでも改めて言っておこうと思うくらい、自分でも確認しておきたかった。
「俺は、バスケがしたいだけだ」
 改めて、桜木は両目を剥いた。その瞳を見ながら、結構大きい目だったんだなと関係ないことを考えた。

 全くショックを受けなかった、といえばウソになるかもしれない。桜木の方が向いている、とわかっていても、俺は負けず嫌いだから。それでも、人には向き不向きもあるらしい、と思えるくらい、俺は少しは大人になったと思っている。
 桜木と、俺との違い? 「慕われる」のと「崇められる」という違いだと思っている。俺は、お手本にはなっても、教えることは苦手だと自覚しているから。
 だから、桜木がキャプテンになるのがいい、と思ったのだ。

 

 桜木が、キャプテンと呼ばれることに慣れてきた頃、もう一つの理由に気付いたらしい。
「ふぬーっ! 会議だとぉっ?!」
 部長が集まる会議があるはずなのだ。赤木先輩も宮城先輩も、月に1度くらい遅れてくる練習日があったことを、コイツは忘れているらしい。
「なんで俺がっ!!」
 教室の外でわめいている桜木を、水戸がなだめようとしていた。俺は、まっすぐに部活に向かう。
「おいルカワっ! おめーが行けよっ!」
「花道ってばよー」
 水戸は苦笑していた。こうなることを、水戸はわかっていたのかもしれない。
「うるせー てめーがキャプテンだろ?」
「なにっ! こんなときだけキャプテン呼ばわりしやがってーーーっ!」
 そういえば、と思い出し、桜木の前に立ち直す。
「おっ何だよルカワ。代わってくれんのか?」
「部活の予算、減らされてみろ。ブッコロスからな」
 言いたいことだけ言って、後は水戸に押しつけてやった。ますます怒った桜木の怒鳴り声が廊下に響く中、俺は珍しく軽い足取りで部室に向かった。
 
 

 


2000.11.29 キリコ

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