キスしたいスキ

 

 尋ねるつもりはなかった、と思う。呟くつもりもなかったはずだ。なのに、口に出してしまっていた。12月も間近の、それでも暖かい昼休みだった。
「キスしてーと思うのって…」
 洋平とぼんやりと並んで座っていたときだ。何も話さず、メシの後弁当もしまわず、ただ日向ぼっこ、って感じだった。
 その静寂を、破ってしまった。
「……花道?」
 遠慮がちな洋平の声に、我に返った。
「げっ! 俺、言っちまった?!」
 洋平は、乾いた笑いを空に向けた。
「…はは……まぁな」
 虚しく笑い合った後、またシーンとした。

「なぁ洋平?」
「んー?」
「……そうしたい、って思うのってよ…どんな相手だと思う?」
「どんな相手?…好きなら普通だと思うけど?」
「…好き?」
「…好き」
 洋平は、どんな時でも、どんな話題でも、茶化したりしなかった。真面目に答えてくれて、俺の気持ちを軽くしてくれたり、後押ししてくれたりする、大事な相手だ。だから、俺は洋平にはいつも本音を話してしまう。
「好き…な人が出来たら… 告白してカノジョになってもらって…」
「手、繋いで登下校…か?」
 そう、思っていた。それに憧れていたし、未だに実現していなかった。いや実現も何も、告白もしていない。告白? 誰に?
「花道…そういう好きもあるんだろうけど、キスしたいってのとはちょっと違うかもな…お前の場合」
「え? どういうことだ?」
 まだ憧れの域を出ない想像は恋に恋するようなもので、本当の俺は気持ちを明らかにする前にそこをすっ飛ばして進んでしまっている、というようなことを説明してくれた。
「…ちょっと抽象的すぎたかな? でもはっきりも言いにくいしな」
 教えるよりも気付いた方がいい、そう締めくくって、洋平は笑った。

 放課後、俺は部活の間ずっとルカワを目で追い続けた。あのクールな顔と、俺に見せる顔は、まるで別人のようで信じられないが、あの唇に触れたことがあって、今すぐでも触れたいと思っていることも、信じられない。それでも昨日の晩も、重ねるだけのキスをすると同じように返され、規則正しい口付けを止めると、あの唇が追いかけてくる。期待をはずされたことにアイツはムッとする。ずっと長い睫毛を頬に当てたまま、間違いなく俺のキスを待っているはずだ。それが、嬉しい。そして、また口付けたくなる。
 しばらく動きが止まってしまっていたらしく、後頭部にボールが飛んできてぼんやりしていたことに気付く。目線で追っていたはずのキツネが、いつの間にか俺の後ろの方にいた。
「…ボーっとしてんじゃねぇ」
 このヤロウと思って振り返ると、すでにルカワは練習に戻っていた。俺がぼんやりしていたことを怒ったのだろうが、もしも想像していた内容を知ったら、アイツはどうするだろう?

 「好き」という言葉は、たった一つの意味だけじゃなく、いろんなところで思うこと。バスケが好き。食べるのが好き。ハルコさんが好き。キスする相手が好き。
 この、キスしたい、触れたい、と思う相手について、これまで名前を付けなかった。惚れてるんだろうとすでに知っていたのに、言葉で認めてしまいたくなくて。相手が聞かないからそのままでいい、というのは、やはり逃げなのかもしれない。けれど…。
 言葉よりも、もっと雄弁に語りかけてくるアツイ体を抱きしめて、必ず俺を迎えてくれる唇に触れるだけで、十分、な気がしていた。俺も、ルカワも、同じ思いだろうと確認しなくてもわかる。わかっている、と勝手に思っている。
 でも、心の中でだけなら認めてもいい。
 俺が、キスしてーって思うルカワ。あのキツネが好きだ、と。

 

 


2000.12.17 キリコ

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