冬の決意

 

 もうすぐクリスマスだな、と言われるまで気付かなかった。よくよく見ると、光るクリスマスツリーや赤や緑がある。街の中がクリスマスになっていた。
 そう呟いた桜木も俺も、クリスマス時期に暇なのが悔しかった。
 観に行くのか、と聞かれても、俺は答えなかった。

 終業式が終わって、今日から冬休みになった。
 観に行かないとかえって気になる。それでも、練習する方がいい、と自分に言い聞かせた。たった一人で使う体育館は、俺がたてる音以外何もなく、黙っていると、俺すらいない気がしてくる。外が暗くなってきて、どのくらいやっていたのかと自分で驚く。雪が降りそうなくらいの寒さの中で、あまりすっきりしない汗をかいていた。
 これは、前を向いて進むための、俺の儀式かもしれない。

「いつまでやるつもりなんだ?」
 突然大きな声が響いて、さすがの俺も驚いた。黙ったまま振り向くと、ガクランのままの桜木がドアにもたれていた。
「ったくよー 抜け駆けすんじゃねぇよキツネのくせに」
 抜け駆けというが、単にクラブの後居残りしていただけなので、非難される覚えはなかった。
「…てめーがしなかっただけじゃねぇか」
 ボールを跳ねさせながら呟いた。
「…もしかして一人でやりてぇんじゃねぇかと思ってよ。俺は外でやってきたんだぜ?」
 その言葉がやけに深く俺の中に進んできて、俺はボールを止めた。
「…もうあがれよ。メシ食いに行こうぜ?」
 遠くからでも、桜木が照れ笑いしているのがわかる。最近、やけに素直だった。以前なら憎まれ口まぎれに、またはけんかまぎれに誘ってきたのに、ストレートに言われると、俺は困るのだ。

 結局は桜木の部屋に来てしまっていた。「俺が作ったモンがうまい」というエラそうな自負のせいなのか、外食はナシだ。それは構わないが、桜木は、とにかくはしゃいでいた。ぬるくしてしまうから、と後から風呂に入るようにしていたのに、どうしても一緒に、と引きずられる。これまでは、一回コトが終わってから、だったのに、いったいなんだってんだろうか。
 ゴシゴシと力強く背中をこすられ、痛いと思いつつ首を傾げる。
「おかゆいところはございませんか?」
 背中からおかしなセリフをはいて、自分でプププと笑っていた。
「えーっと、ちょっと待てよ」
 と、お湯の温度を確かめる。入ろうぜ、と手を引かれるが、狭い湯船にこの巨体2つをどうやって入れるというのか。取り敢えず湯船の中に立つと、「あっち向いて座れ」 と言う。
 何がしたかったのか、よくわからない。もしかしたら、こうしたかっただけなのだろうか。自分の胸に俺の背中をもたれかけさせ、俺の腹辺りで両手を組んだ。狭い湯船の中で、俺の長い足が窮屈なのに、放そうとしないのでまっすぐ足を伸ばしお湯から出した。
「熱くねぇか?」
「…足が寒い」
 たいして寒くはないのだが、取り敢えず文句を言ってみる。いいなりになるのが好きじゃないんだ俺は、と心の中で呟いた。
「………なぁルカワ?」
 突然真面目な口調になって問いかけてきた。ほんの少し顔を後ろに向けて先を促す。
「…俺達には、夏があるよな?」
 その言葉に、もう少し努力をプラスして振り返る。しかし、首だけで、というのは難しく、すぐに自分の足先に視線を戻した。俺に確認しているような、自分に言い聞かせているような、どちらとも取れる呟きだった。だから、俺は返事もせず、心の中で頷いた。
 桜木とて、つらくないはずはないだろう。あんなに練習した。試合でも頑張った。みんなで頑張ってダメだったときは、健闘した、と肩を叩き合えばいいのかもしれない。桜木は、キャプテンらしく、試合後全員の肩を叩いていた。力強い手に後輩達が涙を浮かべる。「痛いですよ」と泣き笑いしていた。
 俺には出来なかった。
 一人で消化しようとしているところに、桜木はやってきたのだ。コイツはそんな俺をわかってるんだと思う。他の部員への励まし方とは違う形で俺に関わってくる。そして、それこそ他の部員には見せられない弱い呟きを、たぶん俺にだけ、聞かせる。
 そんな時間は、正直なところ、有り難い、かもしれない。

 まだ、夏がある。冬はダメだったが、次の夏こそは…。

 湯船の中で、黙ったまま、考え込んだ。湯あたりを起こすまで。
 

 

冬の大会って、
12/23-29あたり…
なんですよね?

2000.12.17 キリコ

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