名 前
「クリスマスって、どういう日か知ってるか?」
「…キリストが生まれた日」
「…ルカワ、おめークリスチャンか?」
俺は首を振った。
「クリスマスはな…こっ恋人同士が一緒に過ごす日だ!」
またおかしなところでどもり、顔を赤くしてエラそうに言った。世間に疎い俺でも知っている。それは、
「日本だけだろ」
というもっともらしい俺の一言に、桜木は驚いた。
「…俺達は日本人だっ! あ、それともおめーは違うのか? そうなんだな!」
ケケケと指さしながら笑う。何が楽しいのか知らないが、何でもおかしいらしい。俺は指をはね除けながら、「どあほう」とだけ言った。
今日はイブだから、と小さなケーキを買っていた。コンビニで売っているような、安物のヤツだ。かぶりつこうとしたら、怒られた。今更上品ぶっても仕方ないと思うのに、フォークを使わされる。母親にそっくりじゃねぇかコイツは。牛乳じゃ味気ないといって、ホットミルクにする。でもやっぱりなぁと独り言をいいながら、ココアを入れた。小さなキッチンで、「メリークリスマス」とココアのカップを鳴らした。
滅多に観ないテレビでも、この時期には必ず聞こえてくる言葉があり、桜木はきっと、「クリスマスは恋人と過ごす」ということを、したかったんだろうと思う。その相手は俺、なのだろうか。コイツは赤木先輩の妹に惚れてんじゃなかったのか。でもそれならなぜ俺とスるのだろうか、そんな疑問が頭を過ぎった。機嫌がいいのか、いつもより俺の世話をする。有り難いような、不気味なような。
珍しくテレビを観て、笑っていた。一緒に観るのは、バスケのビデオが多い。なのに今日はいいドラマがある、といって強引に観させる。風呂上がりで、腹も膨らんで、ふとんを目の前にして、眠っちゃなんねぇってのは、新しい拷問かもしれない。
クリスマスに関連している(と思う)ドラマに感動しているらしい桜木は、エンディングとともに俺の腕を取り、涙目でおかしなことを言い出した。
「なぁ! 俺の名前呼んでみろ」
「………?」
突然の要求に、俺は頭が働かず、それよりもその瞳の方が珍しく、じっと見つめてしまっていた。
「なぁって!」
「…さくらぎ…」
あ、違ったかもとすぐに思った。改めて呼んでみろと言われると、結構呼びにくいもんだ、と妙に照れた。
桜木は、もの凄く何か言いたい顔をしたのに、すぐに項垂れた。もう諦めたのだろうか。
寝ようと促され、やっと自由になったのに、俺の喉のあたりにその名前が引っかかっていた。かといって吐き出してしまうことも出来ず、俺は大きな腕の中に閉じこめられたまま、困っていた。ああ今日は何もしない日なんだなと気付いたら、いつもすぐに眠れるのに、目がさえたまま、困り果てていた。
「……ルカワ? 起きてるか?」
返事の変わりに頷くと、桜木の低い声が頭の上から響いた。
「さっきのドラマな… おめーは観てねぇと思うけどよ…。主人公の好きな相手がクリスマスに死ぬってわかって、引き留めるには恋人になって名前を呼んでもらわなきゃなんねぇって話で、でも一度は振られてる相手だから難しいよな。でもな、そいつは死ななかったんだ…」
そういえば、名前を呼ばれるシーンが大々的にあった気もする。そんなもん観て感動したっていうのかコイツは。あー単純。
「俺、すぐ感情移入しちまって、なんかおめーが死ぬんじゃねぇかとか思ってよ。…まぁそんなわきゃねぇか…」
単純。単純。単純過ぎる。ドラマと現実をオーバーラップさせるんじゃねぇっての。そう言ってしまいたい、「どあほう」と言いたいのに、俺は桜木の背中に腕を回してギュッと裾をつかんで別の言葉を吐いてしまった。「…はなみち…」
それはそれは小さな声で、情けないくらいか細い声しか出なかった。口を開けば呼んでしまうかもと思ってはいた。
棒読みの俺の声に、桜木がビクリと跳ねた。耳を押しあてた心臓が、飛び出してくるかと思った。
息もしにくいくらいキツク抱きしめられ、アップアップしそうな口まで塞がれる。さっきまでの静かな夜は、クリスマスモードに入ったコイツに破られた。「好きだ。おめーが好きだ!」
聞き慣れない言葉つきで、全身に口付けられ、わけもわからないままに相づちを打つ。
「…知ってる」
何を、知っている、というのか。自分でもわからないけれど、そんなことは今更だった。別に、言葉がほしかったわけじゃないのに、そう囁かれると、今まで以上に体がアツクなった。
ロマンティストだろうとは思っていた。単純なヤツだとも知っていた。
そんな桜木が、結構鬱陶しい。なのに、かなり気になっている。
これを、好き、というのだろうか。
熱に浮かされた譫言のように、何度も同じ名を呼んだ。その度に、呼び慣れないだろう名前と「好き」という言葉つきで、激しく何度も抱かれた。
その日、桜木自身を自分の中に感じたまま、初めてイッた。
どんなドラマやねん(><)
2000.12.17 キリコ