キスとスキ
心地良い疲れで目覚める。言い方は良くないかもしれないが、スッキリ、かもしれない。ただ吐き出したから、というのではない。身も心も俺のもの、と意識でき、その上しっかりと体を重ねられたら… そして朝、相手より早く起きて、疲れた寝顔を見る、ってのは、男として嬉しいような、誇らしいような、気がする。
枕に突っ伏すように顔を埋め、軽く肩にぶつかってもピクリともしない。ゆっくりとその頭を自分の腕に乗せる。手を放すとカクンと首が倒れた。同時に自由に動く真っ黒な髪が流れ、滅多に見ることのできない額が現れる。そっと頬に触れると、わずかに睫毛が震える。それでも目覚めた感じではない。
こんな、喉仏がある、綺麗だけど男の顔で、しかも泣き疲れたらしい瞼に、泣き笑いたい気がしてくるのはなぜなのか。大嫌いな、あのキツネなのに。けんかばかりするルカワなのに。俺は、「好きだ」と何度も口走っていた。
今のこの状態に、昨夜のあの姿に、俺は胸や頬が熱くなる。乾いた唇に、指で触れてみる。ほんの少し開いたけれど、反応はない。体を起こして、唇で唇に触れても、やはり手応えはなく、キスってのはお互いがキスしていなければ意味がないことに気付く。それでも自分の熱を与えるように、何度も口付けた。
しばらくすると、同じように口付けてくる。完全に起きているわけではないらしく、すぐに止まったりする。何度も何度も角度を変えて口付けると、呼吸とともに甘い声が漏れ聞こえ、一瞬で俺の体の深部に熱が集まった。両腕で体を閉じこめて抱き寄せてしまう。もっと、キスを返してほしかった。
だいぶ目覚めたらしいルカワは、俺の頬に手を当ててきた。気が付いて目を開けると、うっすら開いた瞳とぶつかる。とろんとしたままで、こんなに近いのに焦点が合っていない気がする。頬を撫でていた手は、いきなりムニッと肉を押し上げ、視線も唇も離れる。何するんだ、と眉を寄せると、相手も同じ顔をした。キスで目覚めたってのが、気に入らないらしい。
どちらも動かずにいると、また眠りに落ちようとする。眠りギツネめ、と苦笑しながら、また頬や瞼にも口付ける。俺のせいで深い眠りに入れないらしく、鬱陶しげに払いのけようとする。それでも腕の中からは逃げないところがイイ。
唇が腫れてしまうくらいにキスしても、まだまだずーっと触れていたい。口付けたままじっとしていると、少しだけ唇を突き出してくる。おかしくて、俺も同じように返す。キスしたまま、ただトロトロと微睡む。それだけなのに、こんなにも嬉しくて、顔が緩みっ放しになる。ダメだ……俺は、すっかり参っている。
ちゃんと目覚めると、甘かった雰囲気は全くなくなり、完璧にいつものルカワだった。あんぐりと目も口も開けたくなるくらい、驚いて呆れる。やっぱ二重人格に違いない。
素っ裸のまま立ち上がり、隠しもせずに洗面所へ向かう。
でも足下がちょっとおぼつかない感じがまた、イイ。腰を押さえる姿が哀れでもあり、同時にイイと思ってしまう。腫れた瞼も目ヤニもボサボサの髪もイイと思ってしまう俺は、すでに末期症状だ。
「…一人で行って来い…」
そう言って、またふとんに倒れ込む。起きるのがやっと、という感じがまたイイ。
俺が、ルカワをそんなにしたから。
俺とルカワとで、ヤッたことの結果だから。
どんな顔でもどんな状態でも、イイに決まっている。
シた後に、必ず花道に語らせる私…
2000.12.17 キリコ