大晦日

 

 年末の予定は、と聞かれる。これまでそういうことを尋ねられたことはなかった。
 これまでずっと、「なんとなく」会って、「なんとなく」一緒にいた。
 クリスマスを境に、何か変わってしまったのかもしれない。
 ドリブルしながら返事を考える。目の前で両手を拡げる桜木のディフェンスは、まだまだ甘いと思う。それを先に言おうか迷って、短く返答した。年末年始、有無を言わさず親戚が集まる。そこへ、行く。
「そっか」
 それだけ呟いた桜木は、休憩しようぜと小さく笑った。
 わざわざ聞いてくる、ということは、やはり誘ってると考えるのが妥当だろうか。こういうことは慣れなくて、わからない。相手の機微をよむことにも長けていないから。それでも、考える努力をしてみてやろうと思うくらい、桜木の横顔は沈んでいるように見えた。表情は、だいぶわかるようになっていたから。

「楓? 準備はもうしたの?」
 今年も残すところあと2日ってところだ。いい加減決断しなければならない。
 いや、もしかしたら全く何もしない自分を見ると、どうやら行く気はないらしい。
「…俺、行けねー」
 母親は、目を丸くした。
 怒られても、嗤われても、俺は親戚に会うよりも大事な用事がある、そう思った。
「…桜木くん?」
 かなわねぇな、と感じるのはこういう時だ。俺は、友人のこともバスケのことも、もちろん桜木のことも、あまり話したことはない。けれど、やたらと外泊する俺を、気にかけてはいたらしい。
「…家族がいねーんだ……たぶん」
「たぶん?」
「…俺もよく知らねー」
 知らないけれど、一人なのは知っている。きっと、たった一人で年越しするんだろう。
 母親は、しばらく黙っていたが、大きなため息の後、はっきり言った。
「うちに来てもらいなさいね?」

 大晦日、雪が降りそうなくらいの冷気に身震いする。けれど、自転車に跨り、慣れた道を走る。寒がりの俺が、面倒くさがりのこの俺が、ここまでしてやるとは自分でも驚きだ。ずいぶん親切になった、と自分を褒める。いや、親切とかではなく、自分がそうしたい、と望んでやってることだ。もしかしたら、これが初めての「おせっかい」かもしれない。
 桜木の部屋は、真っ暗だった。
 水戸ん家や友人宅に行っているのかもしれない。可能性として考えていなかった。
 それとも、親戚がいて、そこへ招かれてるのかもしれない。
 指の感覚がないくらい冷え切った体を身震いさせ、取り敢えず部屋の前で待ってみる。
「なんでいねーんだ」
 そう呟くと同時に、「約束してねー」と呟き返す。
 時計を持ってこなかった俺は、時間の感覚がなかった。ただ、寒い中に立っていると眠たくなってくる。もしかして、俺って凍死するんじゃ、と呑気に考えた。
 座り込んだら、本当に浅い眠りに落ちてしまった。

「ルカワっ! 起きろ!」
 肩を大きく揺さぶられ、頬を叩かれる。強ばった体は思うように動かず、自分の状況が今ひとつわからなかった。
「おいっ! こんなとこで寝てたら死ぬぞおめー!」
 真剣な口調に、なんだかおかしくなる。コイツが俺のことを心配しているからか。
 引きずられるように部屋に入れられ、大急ぎで暖められる。いきなり熱風を顔に当てられると、ますます眠たくなってくる。
「あぁっ! 寝るな! 起きてろっ!」
 顔や体を撫でる桜木の手は、結構温かかった。コイツも外にいたはずなのに、不思議だ。桜木は起こそうと思って頬を撫でているのだろうが、どちらかというと気持ち良くて眠気を誘っている。俺の頭を膝に乗せ、両手を両手に包み込んで、俺が温まるまでじっとしていた。
「……おめー、親戚ん家に行くんじゃなかったのか…?」
 桜木が、遠慮がちに聞いてくる。
「…ヤメた」
「そんな簡単に言っていいのかよ?」
「……」
 理由なんて説明しなくてもわかるだろうと思う。自惚れの強いコイツのことだ、勝手に解釈しやがれどあほう。
「…オイ、うちに来い」
「…えっ?」
 俺はゆっくりと目を開けた。ジャケットを着たままの桜木は、俺をのぞき込んでいる。俺は、同じ言葉を繰り返した。
「うちに来い」
「……いや、でもよ…?」
「誰もいねー。待ってるのは、おせちだけだ」
 母親が、必ず桜木を呼んで一緒に食べろと用意していった正月料理。しょうがないから、誘いに来てやっただけだ。そう説明した。

 

2001.1.10 キリコ

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