元 旦
珍しく、小さな物音で目が覚めた。
遠くで聞こえた郵便受けの、カタンという音。
耳を、枕に押しつけていたからだろうか。年賀状など、どうでもいいと思うのだが、やけにすっきり目覚めてしまい、こっそりベッドから抜け出した。隣では、桜木が口を開けたまま眠っていた。そういえば、寝顔を見るのは久しぶりだ。
スウェットのまま、まっすぐ外へ向かう。学校のあるときなら、とっくに出かけてる時間なのに、今日はそれよりも早朝、という気がする。あちこちの家にある門松や国旗のせいか、それとも出勤する人も見掛けないこの静けさからか。半分眠ったままの脳で、ぼんやりと考えていた。
ドサッと束になった年賀状を、俺自身が振り分けるのは初めてだった。
実のところ、俺は一枚も出していない。
それでも毎年、必ず俺宛に来る。いろんな奴から。
そして、今年、その中から「桜木花道」の名前を見つけてしまった。俺は、桜木を蹴飛ばして起こした。
「…起きろ」
寝起きのいいコイツは、スッと体を起こす。それでも目は開いていなかった。
もう一度蹴飛ばすと、さすがにムッとしたようで、不機嫌そうな声を出した。
「なんて起こし方しやがるんだ、おめーはよー… 正月くれー…」
「これは何だ」
桜木のトロンとしたしゃべりを遮って、俺は一枚の年賀状を目の前に差し出した。
一瞬目を見開いた桜木は、頭をかきながら呟いた。
「…年賀状に決まってんだろーが?」
それは見ればわかる。いくら俺でも。確かに、ハガキ自体は年賀状だった。
たった一文字書かれただけの、良く言えばシンプル、悪くいえば手抜きの年賀状。こういうのは、初めてだった。本当に、干支の一文字をマジックで書き殴っただけなのだ。
俺が、俺の名前が書かれている表と、その裏とを繰り返し見ていると、桜木は言い訳のように言う。俺が眉を寄せているのがわかったのだろうか。
「……それ以上、何書けっていうんだ…?」
書いてない俺が言うのもなんだが、「今年もよろしくお願い致します」とか、せめて「元旦」とか、書くものではないだろうか。
日頃理屈など無視しがちな俺が、やけに常識論を唱えようとしていた。
でも、出来なかった。俺は、予想外の配達に、戸惑っていたのだ。
年賀状をもらって嬉しいと思ったことはあまりない。
桜木が送って寄こしたこんな適当なハガキ一枚が、こんなにも存在感があることに、俺は驚いた。
何トキメいてんだ、と自分にツッコミを入れる。
返事を書いてやってもいい、などと思ったのは、本当に、初めてだった。
おふくろが用意していたおせち料理を、二人でモクモクと食べた。両親と一緒ではないという不思議な正月。なぜ、こんな奴といるのだろう、と自分にムカつく。
それでも、そんな正月を、俺は自分で選んだのだ。たいして面白くもない正月番組もそこそこに、バスケットのビデオを見る。正月といっても、桜木といてすることは、いつもと変わりなかった。
そのビデオを巻き戻そうとする桜木の背中に、もう一つ言いたかったことを告げる。
「…オイ。…祝わせてやってもいい」
「あん?」
桜木は、不思議そうに振り返る。やっぱり知らねぇんだな、とため息をついた。
「俺は、17歳になった」
「……いつ?!」
もの凄く驚いた表情がおかしかった。
「…今日」
「今日、って…元旦? いやそれよりも、もう今日は終わるじゃねぇかよっ!」
そういえば、もうすぐ日付が変わるところだった。年越しして珍しく夜更かしし、昼寝をたくさんしたら、時間がわからなくなっていた。
「…めでてーだろ?」
いつか、桜木が俺に言ったのと同じセリフを言った。
自分から、自分の誕生日を教えるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
桜木は、勢い良く立ち上がった。
「ちくしょう! もっと早く言えよっ!」
それだけ言って、玄関から飛び出していった。その意図は、約1時間後、息を切らせて、その手に小さなケーキ一つを持ち帰った桜木の姿を見るまでわからなかった。
コンビニしか開いてなかったからこれで我慢しろ、と半分に切るその様子がおかしくて、俺は小さく笑った。
「…ルカワ? おめーそれ、笑ったのか?!」
人が楽しく笑ったつもりなのに、桜木にはそうは見えないらしい。
まぁいい。もう二度と笑ってやらないことにする。
桜木は、突然真剣な顔をして、祝ってくれようとしていた、らしい。
「…誕生日おめでとう…ルカワ…」
「……もう昨日だ」
思ってもないことを口走る。どうも、シリアスにはなれない。
「てめー! こういうのは気持ちの問題だっ!」
「うるせー 俺の誕生日は1月1日だ。でもケーキは食ってやる」
「くそっ オメーみてーな奴にはやらん! 寄こせこのヤロウ!!」
「俺ンだ。触るな」
後日、全く同じ内容の年賀状を送りつけてやった。
手抜きだと怒鳴られ、棚上げだと、また殴り合った。
2001.1.10 キリコ
この夜を…
年齢制限はいらない?