その夜
客用ふとんというものを準備していた(俺がしたわけじゃねー)。ロングサイズではないが、眠れないことはなかっただろう。
しかし、結局使われないまま、だった。別に俺が自分のベッドに誘ったわけでもなく、「一緒に寝よう」と言われたわけでもない。けれど、俺達は、シングルベッドでところ狭しと蹴飛ばし合った。
年越しの夜、眠い俺を何度も殴って、無理矢理カウントダウンさせられた。呆れるくらい、イベント好きだと思う。「めでてーよな」と勝手に喜ぶ姿に、俺はもう一つのめでてー話を切り出すことが出来なかった。自分では、たいしてめでたいとは思ってなかったからかもしれない。この世に誕生した日なんだぞ、と言われても、その考えは変わらなかった。
誕生日を教えた後、なんとなく不機嫌そうな桜木に、俺はどうしていいかわからなかった。
少しは会話らしきものも出来るようになっていたと思ったのだが、今日はまた無口だったし、ブスッとした顔だというのは、俺にもわかった。だから、たぶん不機嫌なんだろう。
「……もっと早く教えてくれてりゃヨカッタのによぉ…」
小さな呟きだったが、はっきりと聞こえた。口を利かないままベッドに入り、だいぶ経ってからのことだった。寝ていたわけではなかったらしい。
「…どう違うってんだ…」
「えっ 起きてたのかオメー?」
真っ暗な中でも、ガバッという音で、桜木がこちらを向いたのがわかった。
そういえば、ここで寝るのは2晩目なのだが、コイツは何もしてこない。別にしたいわけではないが、なんとなく変だと感じた。
俺は、会話よりもわかりやすいソレに頼ったのかもしれない。
「…スルぞ…」実は、俺がのしかかるのは初めてだった。俺の方から「しよう」という動きを見せたことはなかった、と思う。けれど、不機嫌な理由を言葉で聞くよりも、この方が早い気がした。
桜木は、ずいぶん躊躇っていたようで、ソノ気になるのに時間がかかった。おかげで俺は、桜木のパジャマを脱がし、そこら中に口付けさせられた気分だ。まぁでも、俺も男なのかな、と思うくらい、自分のリードというのも楽しく、キツク吸ったときに聞こえる声に、俺自身が反応した。そんな流れがおもしろいと思った。声を出してほしい、という気持ちを、やっと理解できた。
「ちくしょう!」
というかけ声からスタートした桜木は、後はいつも通りだった。俺はじっと目を閉じて、気持ち良くなるのを待つ。といっても、すでに臨戦状態なので、これ以上追い上げられる方が困るのだが。
「あ……」
突然ピタッと止まる。それは、こんな時なのに、と不思議に思うくらい、冷静な声だった。
「…何してやがる…」
お互いの元気がぶつかりあったまま、真剣に考え事をされると、非常に困ることを知った。まさか、キスだけでなく、こういうのも「かけひき」の一つと思ってるのか、と頭を悩ませた。
「…アレがねぇ…」
ヤル気があることにホッとした。とりあえず。仕方なく、素っ裸のまま洗面所へ向かった。
なるほど。スル場所が変わるたびに、こういうのも「持参」しなければならない、ということを、俺達は学んだ。
ブツを手渡し、ベッドに座る。「再開」ということが、難しいことがわかった。これまで、「なんとなく」ヤッてきたから。
桜木は、向かい合って座り、しばらく赤い頭(見えないが)をガシガシかいていた。
しばらくして、俺の肩を引き寄せ軽く口付けてきた。たぶん目を瞑ったまま、小さな音を立て合う。いつの間にか、深いキスにかわっていて、いつの間にか俺は押し倒されていた。
なるほど。桜木は、上達してるのかもしれない。自然なムードだと思った。
いつもなら、一度スッキリしてゆっくりスルのに、今夜は違う。何かが違う。
慌てて挿いってくるわけではないが、でも「もう?」と聞きたくなるくらい、さっさと始めやがる。
目を開けても、灯りの入らない部屋は真っ暗で、かすかな肌色と荒い息しかわからない。
とりあえず、スルんだということだけはわかり、俺は桜木が動き出すのを待った。ゆっくりとした緩慢な動きは、かなり遠慮してる時だ。
初めての頃は、ガムシャラで俺は大変だったのに、今はセーブすることを覚えたらしい。
人間、どんなことに対しても、繰り返せば上達する。これは、このサルでもそうなのだから、誰でもに違いない。果たして、俺の方は、上達してるのだろうか。自分ではよくわらかねー。
と、俺はSEXの最中に、ここまで考えられることはなかった、と気付く。
やはり何か違う。
少し張り切ったかと思うと、ピタッと止まり、緩慢な動きから激しくなる。このリピートにうんざりした。
「…オイてめー、ヤル気あんのか!」
最中に、俺がしっかりと話しかけることはない。というより、これまでそんな余裕はなかったはずなのに。今日は中途半端な快感しか与えられないので、だんだん鬱陶しくなってくる。
「…え…いや、だってよー…」
そして、その珍しく弱気な声に、俺は呆れる。
「もうヤメた。抜け」
「…あ、違う!」
「何が」
「……オメーは気にならねー、のか?」
俺の腰を掴んでいた手が、赤い髪をガシガシとかく。そんな気配がわかった。
「だから何が」
「……ベッド…」
「はっきり言え」
俺のベッドで、っていうのが気に入らないってんなら、今すぐヤメロってんだ、どあほうが。
「いや、…音がよー…」
「…音?」
「気付いてねーのか? コレだコレ」
そう言いながら、突然激しく動く。その振動で、俺は倒れ込み、同時にこれまで聞こえてなかった「音」は聞こえた。
ギシギシという規則正しい音と、桜木の規則正しい動きはまさに同じで、桜木が止まると音も消える。
なるほど、とは思った。しかし、これが何だというんだ?
「…なんか気になってよー ベッドでなんて、初めてだし… 床は冷てー…よな?」
困っているけど、でもヤメられない状態ではあるらしい。そのことに安心した俺は、とにかくスッキリさせたかった。俺は、繋がったまま、ゆっくりと上半身を起こした。
2001.1.16 キリコ