熱
「氷…」
「…ん…」
冷たい氷のやり取りをする。
コップから口に取り出して、直接口に押し込んでやる。熱い口の中で音がしそうな勢いで溶けるらしい。それが、熱のある体には気持ちいいんだろう。でも、いらなくなったら、すぐに舌で突き出しやがる。仕方なく、それを受ける。口で。
受け取ると、またすぐに「氷」と訴える。ため息をつきながら、いつもより、高い温度の舌と冷たい氷と、そして自分のを絡ませて、しばらく遊ぶ。氷が歯にぶつかる音や唾液の音に耳が集中する。ついでに、カサカサの唇を舐め上げて、また氷を押し込む。溶けきってしまうまで、俺とルカワの口を行き来する。
さっきから、何度目だろうか。
ルカワが、風邪を引いた。
見舞いになんぞ行ってやるものか、とザマァミロという気持ちで鼻で嗤った。部活が始まるときは。
なのに、俺は全然集中できず、バスケットを始めた頃の、全くの初心者に戻ったようだった、らしい。同級の桑田がそう言ったのが聞こえてきた。
キャプテンなのに、しっかりしろ俺、と自分を叱咤する。けれど、気になることがあると注意力散漫になり、「気合いと集中の鬼」と自慢していた自分が恥ずかしくなった。
もしもここにあのキツネがいたならば、「どあほう」とか「初心者」とかいって、蹴飛ばしてくれるのに。
いや… 蹴飛ばされたら、やっぱり殴り返すけど。ずいぶん前に見舞いに来てもらったからなー、キャプテン自ら見舞ってやるんだ、ありがたく思えよなーと部室で大声を出す。誰も何も言ってないのに、かえって言い訳めいていた。
結局、俺は心配でたまらないのだ、と思う。ルカワが別に病弱とは聞いたことはない。よく食べて、よく眠って、健康的だ。バスケばかだけど。
けれど、あの細い体や、色白さは、何となく華奢なイメージがあるのだ。一度、洋平にそう言ったら、笑われてしまった。
「あの流川をそう形容するのって、お前くらいだろうな」
って、ため息をつかれてしまった。
一ヶ月ほど前、年越しを一緒に過ごし、そのベッドで…とはっきり思い出せるくらい、その部屋は変わっていなかった。そのベッドの主が、赤い頬をして眠っている。それだけが、違っていた。額に大きなタオルを乗せて、半分しか見えない顔は、口が飽きっぱなしで情けない。たぶん、鼻がつまってるんだろう。ふとんが首まで深くかぶせられていて、見慣れた黒髪がなければ、ルカワとはわからないくらいだ。バスケやSEXのときとは違った荒さの呼吸に、俺は落ち着かなかった。
見舞いといっても何も出来ず、帰ろうと思うのだ。思うのに、立ち上がれなかった。目が、離せない。
せめて、タオルくらいは絞ってやろうと、洗面器に手をつける。冷たいタオルで、顔を拭いてやった。
不思議な声で、「水」とだけ呟いて、また荒い呼吸を続ける。これは誰だ、と驚いたくらいだ。水も氷もなくなったのに、俺の口はルカワに被さったままだった。
俺の方が、冷たい。そんなことがなぜか許せなくて、熱を吸い取ろうと、必死で舌を絡めた。
息が苦しくなるらしく、ときどきふとんの中から胸辺りを殴られた。
それでも、ルカワも逃げなかった。ピチャリとお互いの唾液がなって、どちらも声を押し殺して、でもキスは続ける。そうだ、これでは見舞いや看病ではない。頭ではわかっているのに、体は言うことを聴かない。見たこともないルカワに、俺はかなりキたらしい。
「…ふぅっ…」
その声で、わかった。
俺は一瞬躊躇いながらも、すぐに手をそっちへ伸ばした。まっすぐに、迷わず直接触れると、体がビクリと跳ねた。
怒るかな、と顔を上げると、やはり赤い頬しかわからない。でもさっきより、もっと赤みが増した気がするのは、きっと気のせいじゃない。
ゆっくりと、手に包んでやった。
その動きに、小さな鼻声が洩れる。それがいつもより扇情的で、触れていないオレまで一層元気になってしまう。うっすら開いていた口が、突然歯を食いしばる。熱で敏感になっていたソレは、すぐにギブアップしそうだった。
その瞬間を見たくて、額のタオルを取り上げる。
くっつきそうに寄せられた眉や、ギュッと閉じられて震える睫毛とか、本当にピンク色した頬も、ずっと最後まで、俺は見ていた。イッた瞬間に、首を仰け反らせてピクリとも動かなくなる。だんだんだんだん表情筋が緩んできて、いつもより優しい顔になる。俺は初めてちゃんと見る形の良い額に、何度も口付けた。
「…ルカワ?」
小さく呼ぶと、ほんの少し目を開ける。その間から一筋流れたの水分があまりにも綺麗で、露を含んだ睫毛もいつもより色っぽくて。
俺の胸がキュンて鳴った。なぜだか泣きそうになった。「…鬼かてめぇ…」
迫力のない声で怒る。とっとと帰れと言われても、俺はますます動けない状況に陥っていた。オレが落ち着くまで、待ってくれ。
でも、この部屋は、ルカワの匂いがし過ぎてダメだ、とため息をついた。
熱に浮かされてるのは、俺の方だ。チクショウ…