アイツと俺 

 

 惚れたら、気分が舞い上がる。だから「春」というのだろうか。

 現実の春も、気持ち良くて、風が心地良くて、いい気分だ。なんとなくウキウキする季節。
 それなのに、今日の俺の心は氷河期に戻ったかのようでもあり、怒りで火山噴火したようでもある。
 ムカついてイライラするのに、ズーンとという音がしそうなくらい、沈んでいる。

 ルカワは俺の「春」じゃない。
 アイツといて、明るい楽しい気分になることなんてねーぞ、このヤロウ、と毒づく。
 確かに、守ってやりたいなんて可愛いガラじゃない。立っているだけでも、かなりの存在感だろう。俺よりちっちぇけど。けんかも強い。俺のグーにも耐えられるくらい。人数にも負けないくらい。
 けれど、俺は、止めに…いや、守ろうとしてしまったのだ。無意識のうちに。

「てめーのスキは、そういうことか」

 久しぶりに、冷めきった視線を俺に向けてきた。いや、いつものことだけど。でも、あそこまで、冷え冷えとした、無関心な瞳に、ちょっとギクッとなった。
 俺達は変わった、と思っていたのに、出会った頃に戻ったみたいだった。

 ケンカにならない冷戦状態で部活をするのは、とても変だった。いつも通りの号令と練習なのに、なんだか静かな気がする。ルカワが俺を無視するのなんて、特別なことでもないのに。グルグル考えては、ボールに集中出来ずにいる。なぜこんなにも悩まなければいけないのか。
 ルカワなんぞに振り回されてたまるかっ!と部活も終わる頃、奮起した。

「おいキツネっ! オメーだけには負けねー!!」

 それまで極力離れていた俺は、突然ヤツに向かった。振り返ったアイツは、少し驚きながらも、ボール裁きはバツグンで、俺は口とは裏腹に、ヤツからボールを奪えない。それでも、俺は何度でも挑戦する。しばらく、周囲が見えなくなっていた。
 低いドリブルと腰の位置に、俺も同じ体勢を取る。右か左、単純なだけに頭を悩ませる。どちらへ抜けてくるか、俺はルカワの目を追い続けた。いつだったか、そう教わったままに。

 悔しいが、…絶対認めたくないが、俺はまだルカワには敵わない。また先輩になるというのに。最後の夏が来てしまうのに。
 それでも、俺は諦めたわけじゃねーけどよ…
 ムスッとしたまま、一人居残りをする。ルカワは無言のまま体育館を出ていった。その後ろ姿をちょっとだけ見送って、俺はため息をつく。
 俺よりしっかりしているバスケットのテクニックや、負けてないジャンプ力や、いろんなことを思い出す。けれど、そこにはやっぱり物静かなルカワや守りたいルカワは存在しなかった。
 やっぱり、言い慣れないけど…恋人で、そういう関係になっても、俺達はライバルじゃなきゃいけない、のかもしれない。なんでこんなこと、忘れてたんだろうか。
 スキだからライバルじゃなくなる…ってはずはねーのによ…

 
 だいぶ遅くなったが、ちょうどいい疲れもあり、昼間よりは軽い足取りで家に向かう。
 アパートのボロい鉄柵にもたれる見慣れたデカイ人影に、なんだかホッとする。
 気づいて向けられた、やっぱり冷めたままの視線に、俺はニヤリと笑う。

「ケンカなら外でしよーぜ、ルカワ」

 そう言って、誘い出す。両目を開いて驚いたルカワは、ポケットから両手を出した。


「…オイ、なんでボディーばっかりなんだ」

 怒りながら、俺が殴るのと同じように殴り返してくる。

「ウルセー! 腹筋鍛えろ腹筋!」

 誰がなんと言おうと、本人が嫌がろうと、そのキレーな顔はちょっと守りたいと思う。ホントにムカついたら遠慮はしねーが、それ以外は止めておきたい。ちなみに、顔に鉄拳を喰らわせるのは俺だけだ。
 それっくれーは許せ、ルカワ。

 

2001.2.20 キリコ
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