自然発生的バカップル
久しぶりに花道とゆっくりする。
朝から一人でバスケしていたらしく、今はシャワーの後だ。日曜日だけど、俺もバイトもなくて、なんとなく寄った。花道は、嬉しそうに出迎えてくれた。長い付き合いだと、気兼ねすることも少ない。気心の知れた親友といたら、時間なんてあっという間だ。後で何の話をしていたのか、思い出すことも難しいのに。他愛もない会話が楽しい間柄は、やめられない。
俺の言葉に、ひねくれた顔をしつつも素直に耳を傾ける。俺の意見をかなり尊重してくれる。そんな花道が可愛いと思っている。口に出したら、額にガツンと落ちてきそうだけど。
もうすぐ17歳になる花道は、高校に入学したときと比べると、かなり大人になった、と思う。
俺達と出かけることは少なくなった。けれど、仲間意識は変わってない、と思う。キャプテンとなり、人の上に立ったからか、少し自分を制御するようになったと思う。昔の花道は、「ケンカ」という方法で自分を発散し、自分を表現していた、と俺は感じていた。いろんなトラウマを持って、でも強くあるための。いや…やっぱ喧嘩っ早いのは相変わらずとも言えるが、相手が限定されてしまった気がする。
流川楓。
アイツと出会ってから、花道は大きく変わった。
「なぁ花道? お前、将来のこととか考えてるか?」
「ぬ? 将来?」
「ああ…高校卒業した後とかさ」
3年生を目前にして、当然進路指導が始まる。そろそろ考えなければいけないらしい。成績を上げたい者や、就職先を探す者、いろいろだろうが、果たして自分はどうだろうか。そして、桜木花道は、どうするのだろうか。
楽しい学生生活が、終わろうとしている。
「…うぬぅ…考えているような、考えてないような…」
花道は腕組みをしながら、首を傾げる。俺の質問に、マジメに答えようとする。こういうところが、可愛いと思うのだ。図体はデカイし、態度もデカイけれど。
「まぁ俺たちの成績だと、専学か就職か、かな…」
「…専門学校か…」
正直なところ、俺自身は勉強よりも、仕事に熱心かもしれない。もちろん社会を知っているとは言わないが、大学へ行く自分というものが、あまり想像出来なかった。
花道の成績でも、大学は無理だろう。俺よりヒドイんだし…。
けれど、コイツには、もしかしたら別の道があるかもしれない、とひそかに期待している。やっと見つけたバスケットを止めないでほしい、心からそう思っている。ちょっと寂しい気もするけれど。ちょっと話題がシリアスになった頃、突然玄関が開く。ノックもチャイムもなかったので、驚いて振り向くと、頭の中で考えていた人物がやってきた。
「「「あ…」」」
3人の声が同時に聞こえる。驚いたのは俺だけじゃなく、花道も、流川もかなり驚いたらしい。もしかして、俺って邪魔かな、と瞬時に気が回る。けれど、花道は「入れよ」とだけ言った。
「洋平はよー、何の専学に行くんだ?」
相変わらずあぐらのまま、さっきの話を続ける。俺は「えっと…」と呟きながら、横目で流川を追った。
しばらく玄関で立っていた流川は、聞こえるようなため息をついて部屋に入ってきた。また驚いたことに、無言のままの流川は、手みやげらしい牛乳を冷蔵庫に入れ、なぜかバナナをテーブルに置いていた。そんなもんを持参して、当然のように決められた場所に置く。俺達軍団ならば、いろんなお菓子を持ってくるけれど、流川は栄養源となるものだけだった。
それにしても、これが当たり前なのだろうか…?なんとなくこの3人が顔をそろえることに落ち着かなくて、しばらく気もそぞろに話していた。けれど、シーンとしたままの流川が、まるで壁のように感じられ、忘れてしまった。
かなりの時間が過ぎてしまい、時計は見ていないが、そろそろ夕方って頃のことだ。
「あーあ…」
突然ため息をついて、花道が立ち上がった。向かった方に顔を向けると、窓際で流川が眠っていた。俺は、すっかり忘れていたことに、自分で呆れてしまった。二人とも、流川に背を向けていたのだが、花道はちゃんと気にかけていたらしい。
窓ガラスに顔をもたれさせて流川は眠っていた。そこはちょうど夕日が差し始めている場所で、眩しくないのだろうか、とおかしくなるくらい、流川はそれでも目覚めない。
花道は少しだけカーテンを引いた。流川の顔が影になる分だけ。そして、自分のジャケットを羽織らせててやっていた。
その一連の動きが、あまりにも自然で、俺は瞬きすら出来なかった。すぐに花道は俺の隣に戻って来たが、俺はなんだか場違いな気がしてきて、帰ろうと決めた。
どうも、この二人の空間は、いろんな意味で、出来上がっている。どこまでデキ上がってるかは、想像もしないようにしている…。決して本人達に言えないが、端から見ていると、実にわかりやすい。怪しいと思っている人は、きっといるだろう。それくらい、出来上がっているのだ、この二人。というか、独特の雰囲気がある。
花道は、桜木軍団の…、俺達の花道なのに、と思わないでもない。
けれど、花道は、きっとコイツから離れないだろう。
たぶん流川も。
男同士なんて、と以前なら思ったけれど、花道のことは俺はずっと応援すると決めている。
ぼんやりと、家への道をトボトボ行く。なんだか、楽しかったような、驚きの連続だったような。けれど、もうすぐ春って夕方、夕日は綺麗で、日差しもきつくなくて、心地良い気候で、俺は気分も上々だった。さっきの二人を思い出すと、意識せず顔が笑ってしまう。
あんな花道は、知らない。
あんな流川は、知らない。
あの二人は、なんて自然なカップルなんだろうと驚いた。
でも同時に、ケンカばかりの二人を思い出し、やっぱりバカップルだと呆れた。
そんな二人ともが、俺は結構、いやかなり、好きだ。