一枝の桜
春になるとやけに目立つ花。テレビでは開花状況を毎日知らせている。別に知りたくないのに、毎日その名を聞く。だから、春イコール桜、と思い込んでしまう。
去年、一緒に見た桜は、すでに散った後のもので、それでもキレーだと正直思った。そんなことを教わったと考えるのがイヤで、口にはしないけど。
今年は、咲いた桜を見る。いや、今も目の前にある、細い枝。俺は一人でじっと見つめていた。桜木がボールをぶつけて、折ってしまった一枝の桜。
「桜は俺の木だ」
そうぬかしやがるどあほうは、この木が好きらしい。俺が毎日天気予報の開花情報をチェックするはずもなく、すべて桜木の受け売りだ。勝手に聞かされているだけだ。
満開になったと言われて見たテレビでは、14インチの画面全部が薄いピンクで覆われて、桜がアイツだというのなら、まさに桜木花道だらけだと、わけのわからないことを考えて、首を振る。
今年は、妙に『桜』を意識してしまっているらしい。だいたい、春の爽やかな気候(俺だってこれくらい感じれる)は、アイツ向きじゃない。アイツは暑苦しい男で、どっちかってーと、夏の方が合う。
けれど、日本中のすべての人が大騒ぎする『桜』というただの木の、その存在感はもしかしたら似ているかもしれない。認めるのはシャクだが、桜木花道は、いつか桜の木と同じくらいの圧倒感を持って、日本中に知れ渡るかもしれない。
なんてーのは、持ち上げすぎか… 惚れてないけど、惚れた欲目か…
「なんで、そんなに見つめてんだ?」
突然現実に戻った俺は、背後から聞こえた声に正直驚いた。考えていた人が、いきなり現れたからか。いやここは桜木の部屋だから、いて当然なのだが、そんなことも忘れてくつろぎ過ぎていた自分にムカついた。だから、こんな言葉しか出てこない。
「見てねー」
振り返って、大男を見上げる。肩をピクッとさせ、一瞬で剣呑なムードになる。ケンカになるか、と思いきや、コイツは背中に巻き付いてきた。両足を、あぐらの俺の足の上に置き、長い腕で俺を閉じこめる。ヘビのようだ。
「…?」
動けない身体を捩り、ちょっとだけ自由な首を逸らす。ぶつかった肩に、そのまま後頭部を乗せた。
「…クラス替えだな…」
それしか言わなかったけど、わかった気がする。コイツはそういうことを望むヤツだと思う。俺は、どうだろう…?
「…この桜なら、同じでもいい」
顔を見なくても、ムッとしたのがわかった。俺は喉だけで笑って、苦しくなって首を戻そうとした。だけど、大きな手が俺の顔を覆った。
だいたい、テメーが言ったんじゃねぇか。桜の木は、自分だ、って。
こんなアツイ存在が同じ教室にいたら、俺は息苦しくなってしまいそうな気がする。だけど、この小さな桜くらいなら、許してやってもいい。
俺がこう言うと、桜木もきっとこう曰うはずだ。「ふん! キツネなんかと同じクラスなんて、ごめんだっ!」
やっぱりそう怒鳴って(耳元でだからうるさい)、腕にも足にも力を込めやがった。
『桜』が俺の中で大きくなる。
2001.4.10 キリコ