デート


 初めて「デート」と名付けて出かけたその間、俺は一言もしゃべらなかったことに後から気が付いた。

 バッシュを買いに行く、と桜木はわざわざ言った。
 勝手にしろと思い、返事もしない。目を通していたバスケ雑誌から、顔も上げなかった。けれど、写真のバスケ選手を見て、今でこそ見慣れた桜木のバッシュについて考えてしまった。体育館シューズでバスケするヤツなんて、聞いたことがなかった。体育じゃあるまいし。そして、ようやく履き慣れたらしい靴下やアンクルガード。素足でバッシュ履くな、どあほう。
 いつも無駄に動く桜木は、靴の減りが大きいらしい。バッシュが可哀相じゃねぇか、と実は思っていた。けれど、アイツはずっと同じバッシュを履いていたらしい。
「なぁ、俺バッシュ買う。いい加減ボロボロになっちまった」
 そんなことを言って持ち帰ったバッシュを目の前に置く。あまりのボロボロさに、さすがの俺も驚いた。いつから履いていたのか、穴があいて、汚くて、臭い。底のゴムもすり減って、クッションの意味もない。
 もうすぐ県大会だ。確かにちゃんとしたバッシュの方がマシだろう。
 そうは思ったけれど、なぜ俺がついてかなければならないのだろうか。

 日曜日の朝練の後、ムリヤリ待ち合わせ時間や場所を決めやがった。そして、返事も待たずにさっさと帰る。いつもなら、黙って一緒に桜木の部屋に行くのに。別に行かなくても構わないが、それにしても、なんで俺が買い物に付き合わなきゃならねーんだ、どあほう。
 けれど、不思議なことに、身体は勝手に行動する。シャワーを浴びて、普段着に着替える。俺ってやさしーと喉まで出かかった。


 あまり出かけ慣れていない俺は、日曜日の駅がどんなだか、わかっていなかった。とにかく人人人で、これで会えるのか、と心配になるくらいの人混みだった。ま、別に会えなかったら、帰ればいいし、と探しもしなかった。言い出したのは向こうなのだから、桜木に探させる。
 そのつもりだったのだが、遅れてきた桜木を、俺は目ざとく見つけてしまった。
 どんなに遠くても、目立ってしまう、人より頭分飛び出す赤い髪。だからすぐにわかったんだと言っておきたい。俺より後だったようだが、遠くから俺を見つけた桜木も、まっすぐにこっちに向かって足を速めた。
 俺が思うに、こういうとき、笑顔でゴメン、とか言うんじゃないだろうか、ってーのは、桜木に影響されてみてしまったドラマからか? 俺は人と待ち合わせなぞしたことがないのでわからないけれど、少なくとも今の桜木のように、ふくれっ面で来るというのは変じゃねぇか?
 無言のまま、アゴをシャクって歩き出す。ムッとしたのに、足は大人しくついていく。ちくしょう、ついてってやってんのに、その態度は何だ、後で奢らせてやる、と心に誓った。

 わざわざ電車で、遠くまで行く。なぜだとは聞かなかった。
 そこそこ混んでいる車内でも、俺達は人より飛び出している気がする。目線が合う人物などいないから。改めて、自分も桜木も、背が高いことに気付く。いつもはバスケットワールドにいるから、自分たちはいたって普通だと思っていた。
 隣の桜木は、相変わらずムスッとした顔をして、2つのつり革に体重をかけている。窓の外に何かあるのかと同じ方向を見ても、さっさと移り変わる風景に何の感慨も起きなかった。
 結局、桜木が何も話さないから、俺も何も言わない。そして、ふと思うのだ。
 バスケしているときや、部屋にいるときならば、桜木が黙ったままでも何となくわかるのに、今日は何を考えているのか、さっぱりわからん、ってな状態だった。だけど、イラつきもせず、大人しくついていく。俺は前からこんな感じだったろうか。

 フラフラと目的もなく歩いているようなのに、スタスタと足は早い。俺より一歩前をずんずん進む。いつものTシャツとジーンズなのに、今日は違ってみえるのはなぜなのだろうか。特別おしゃれしてるわけでもないし(そんなの気付いたことはねーが)、髪型もいつものままだ。
 いったい何が違って、桜木も、黙ってついてく俺も、おかしいのだろうか。
 この後の桜木は、見つけたスポーツ店に手当たり次第入った。黙ってバッシュを見て、ため息をついて出る。その繰り返し。一度も俺に相談もしなければ、本当にひとっこともしゃべらない。ここまで来ると、張り合ってしまう。俺の方から声かけるもんか、って感じで、終始無言のまま、帰るのかなと思った。
 最後に、俺もよく来る店の前で、桜木は初めて俺の方を見た。
「…あっちで待っててくんねーか? 奢るからよ」
 そう言って、俺の腕を取る。あまりにもビックリして、なぜと聞くことも出来なかった。押し込められたファーストフード店で、ガラス越しに桜木の動きを見る。一人で店に入っていった。
 見えなくなった赤頭に、俺はホッと肩の力が抜けた。緊張してたわけでもないのに、なぜだか落ち着かない。上がることのない俺が、いったい何に構えていたのだろうか、そんな自分を分析できないでいた。

 ようやくその手にバッシュを持って、桜木は笑った。駅で待ち合わせしてから、俺の目を見たのはこれが初めてだ。そして、「俺ん家来いよ」とはっきり誘う。断る理由も思いつかず、黙って歩き出した。家に着くまでも、ほとんど会話はなかった。
 日曜の夜だというのに、しつこいくらいのSEXに、俺はまた戸惑う。ヤメロと言えばいいのかもしれないけれど、何だかそれも違う気がしていた。

「これからあんまヤラねーけど… でも別に変わったわけじゃねぇからな?」
「…?」
 荒い呼吸の中で、途切れ途切れに耳元で言う。返事が出来ず、頭をゴチンとぶつけると、こぼれるようにまた話し出す。
「こっ、恋人っぽくしたくて、…で、デートってので… でもよー…」
 なぜか緊張してダメだったと、情けない声を出す。その一言は、俺にもピッタリ当てはまった。

 見慣れているのに…。私服が珍しいわけでもないのに。二人で並んで歩くことも別におかしくない。けれど、買い物(桜木はデートのつもりだったらしいが)すら行ったことなかったことに、ようやく気が付いた。恋人同士ってのは、そういうことをもっとやってるんだろう、と俺でもわかる。

 別に、世間と同じ恋人でなくても、俺達は俺達でいいと思うのに。やっぱセオリー通りにしか動けないとこがあるんだろう、コイツは。だいたいセオリーも何も、俺達は男同士だってところからして、珍しいに違いない。俺でもそれくらいはわかっている。
 県大会を前にして、俺の身体の負担を考えてくれるのは有り難いが… しんどいデートはゴメンだ。だから、

「どあほう」
 それっくれーしか言えない。
 それにしても、久しぶりに「恋人」という言葉を聞いた。すっかり忘れていたらしい俺は、結構意識してるらしい桜木とは想いにズレがあるんじゃねぇかと、今更かもしれないが、怪しんだ。桜木自身を自分の中に感じながら。

 

2001.5.24 キリコ
SDトップ  NEXT>>