コンビネーション
この夏のことを、俺は一生忘れない、と思う。…たぶん。
自分でも、あまりの気持ちよさに、ゾクリとなる。鳥肌モンだ。
インターハイまで来た俺達は、持っているすべてを使って、5人が一つになって動いていた。
その中で、最も怖ろしかったのは、桜木だった。
俺が、「いてほしい」と思った場所に、必ずいた。数センチもずれないようなパスに、両手が驚く。昔のように、意固地になってパスしない、ってこともなかった。ブチかませと思ったとき、頭の中の想像通りにシュートを決める。
あまりにも、綺麗で不気味で、試合中なのに殴りたくなった。
「オメーら、スゲーよ…」
大学生になった先輩達に呼び出された飲み屋で、宮城先輩がまず口を切った。
懐かしい思い出話(俺がそう思ったわけじゃない)から始まって、ようやく現実の話まで来たって感じだった。
「む? オメーらって? いや、俺がすごいのは前からだしよー?」
現キャプテンのくせに、未だに呆れることしか言わない桜木。「オメーら」と一つにまとめられたけれど、俺と桜木のことだと自分でわかった。いや、俺は元々スゲーと感嘆される方だったが、そういう意味の「スゲー」じゃない、と俺は感じた。
「ケンカばかりのくせに、やけに息が合ってたよな?」
三井先輩が、小さな声で先輩にだけ話しかける。桜木は、頭にクエスチョンマークを並べていた。
やっぱり、と心の中でため息をつく。ゾクゾクしたのは、俺だけじゃなかったらしいのが、なぜだか嬉しかった。
俺は酒を呑むのは初めてじゃなかったが、意外と強いかもと思われそうなほど、黙々と呑んだ。
公立高校で、インターハイ決勝戦出場は珍しいと思う。けれど、珍しいからといって可能性がなかったわけではない。そうなるよう、俺達は努力してきた。
「俺達は強い」
を呪文のように繰り返し、信じられないって顔をして、決勝戦に臨んだ。メンバーの誰かが口を開いたら、それは夢でした〜ってなオチになるのが恐くて、旅館でも全員早々とふとんに潜り込む。疲れを取らなければとわかっていても、興奮して眠れなかった夜。この俺ですら眠れなかったのだ。そして、桜木も、ほとんど起きていた。
俺達は、全国制覇にあと一歩、だった。
「…惜しかったな」
赤木キャプテンの、たった一言だけの慰めが、酒の中で一番覚えている言葉だった。それ以上何も言わなかったけれど、試合の後、みんなで泣いてくれた。一緒に悔しがっていた。
「花道は絶対泣くと思ったんだけどなぁ…」
冗談とも本気とも取れる口調で、宮城キャプテンが桜木を指さす。コップ片手に桜木は、口の端でニヤリと笑った。その顔が気に入らなかったらしく、先輩達が桜木を怒鳴る。以前と変わらない光景だと気が付いた。あまりにも見慣れている場所だった。
桜木が、実は一人静かに泣いてたことを知っているのは、たぶん俺だけだ。「桜木も、流川も、これからどうするんだ?」
酒を呑んでも変わらない木暮先輩が真面目に聞いてくる。ちょっと離れたところに座っていた桜木が、一瞬だが俺に視線を寄こしたのに気付いた。けれど、俺は返事もせず呑み続けた。
「冬はどうするんだ?」
「大学から誘いが来たとか?」
「その前にオメーら卒業出来んのか?」
次々と質問される。今日は、先輩達とばかり話していた。後輩達は、慣れない酒に、すでに潰れている。
当然のような、でもこれまで話題に上らなかった質問に、しばらく誰も何もしゃべらなかった。まるで未来を語っちゃならねぇみたいに。
「…あのよーゴリ?」
桜木が、口火を切った。
「なんだ?」
「…オレ、…ゴリと同じトコ、行く…かもしんねー?」
自分のことなのに、語尾が上がって不自然だった。いつもなら、正しい日本語を話せと怒りそうな赤木キャプテンは、目を丸くしただけで何も言わなかった。
桜木には、大学から誘いが来ているのだ。もちろん俺にも。
驚いた後、フッと優しい目をした赤木キャプテンは、しっかりと俺の方へ向き直り、目を逸らさずに聞いてきた。まるで、尋問のようだ。
「流川、お前は?」
「…俺は……」
この時の気持ちをうまく言えない。何となく、言ってはいけないような、言えば落胆させるのではないかという自惚れもあった。そして、言わなくても想像はついてるんだろうとも思った。
「あーゴリ! コイツに聞いてもムダだぜ。…きっと言わねー」
俺も、そしてその場の全員が桜木の方を見た。きっと、先輩達も、同じ3年生も、後輩達も、誰もがわかっていたんじゃないだろうか。この夏のメンバーは、冬にはなくなっていることを知ってたはず。だから、なんとなく避けていた話題で、けれど酒の力を借りて明確にしておきたかったに違いない。
俺達…、いや俺には冬はない。