バカヤロウ 

 

 ずっと前から知っていた。アイツがアメリカに行きたがっていたことを。
 初めて聞いたのは、インターハイの試合の最中だったろうか。
 すげー強かった沢なんとかと、そんな話をしていたっけ。

 ルカワがアメリカなら、俺もアメリカだ。

 あん時は、考えるよりも先に、そんなセリフを口にしていた。「どこまでもついていくぜ」とも聞こえるし、そう思ったのかもしれない。ただなんとなく言ってしまっただけかもしれない。

 たった一人で練習していると、小さなコートが広く感じる。
 体育館で練習しても、どうにも違和感が拭えない。
 いつも通り、自分の出来ること、まだ出来ないことをひたすら積み重ねているだけなのに、なんか変だ。

 ルカワがいないから。

 あまり明確にしたくなかった。この言葉。


「俺のバスケすりゃいいんだ。アイツは関係ねー」
 わざわざ大声でリングに向かって言ってみる。そのままゆっくりシュート体勢に入るが、やっぱり決まらない。神経が、余所へ向いてしまっていた。

 

 あれは出発の前日だったんだろう。
 その日、俺は夏休みの朝練が終わって、夕方までたった一人残っていた。アイツは朝練だけ。それが最後だった。
 広い体育館を動き回って、ドリブルしながら考えていた。クラブのこと、次期キャプテンのこと、冬の選抜や大学とかのこれからの自分。そこには流川楓は存在しないのに、けれど切り離して考えられない自分に気が付いた。
 ボールを手にただ佇んでいたとき、頭の中の人物が入り口に現れた。いや、いつからいたのかわからないくらい、結構そこに馴染んでしまっている。けれど、声もかけもしない。俺も、何を言えばいいのかわからなかった。
 しばらくして、俺のバスケを見飽きたのか、靴を脱いでコートに来た。Tシャツにジーパンのまま、俺の前を塞ぐ。じっと真正面から俺の目を見て、抜かせねーって顔をする。思わずプッと吹き出しそうになっった。なんとなく嬉しかったから。
 それから、ボールが見えなくなるまで、1on1だ。俺は何度かアイツの足を踏んだ。けれど、文句も言わない。ケンカにもならず、本当に一言も会話がなかった。

 薄暗くなった体育館で、立ったまま向かい合う。行っちまうんだろう、と確認するのがイヤだった。引き留めるのも違うと思う。ヤメロと言いたいわけではない。頭の中でまとまってなくて、口を開けば何を言ってしまうか、自分で想像がつかなかった。だから、ムスッとした顔で、黙っていた。たぶん、睨んでしまっていた。
 ルカワは手の中のボールを近距離からバシッと投げる。俺の両手は胸の前で受けた。ほとんど条件反射のようだ。

「…手を出せ」

 そう言われたら、普通両手を下から差し出すのではないだろうか。けれど、違うって顔して、自分の右手を横に挙げる。同じようにしようとした瞬間、勢い良く手のひらがぶつかり合う。その音に、俺はハッとした。
 驚いた顔をしたときには、ルカワはもう背中を向けてスタスタ歩いていた。もう、先へ進んでしまった、って感じてしまった。

「ルカ…」

「はやくおいつけ」

 呼び止めようとした声は、そんな一定口調に遮られた。その言葉の意味を理解するまで、俺は体育館でただ立ちすくんでいた。

 

 

2001.6. 6  キリコ

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