どあほう
 

 他に何もすることがなくて、なんて言い訳して、眠れない真夜中にぼんやりと座る。シーンとした部屋は気に入っているけれど、うるさい世話焼きがいることに慣れていた俺は、最初は落ち着かなかった。
 しょうがねーと口に出して、思い出したくない相手ばかりを思い出す。

 

 初めて顔を合わせたのは学校の屋上だった。それはよく覚えている。
 自分と目の高さが同じだったことにも、あの真っ赤な髪も、友好的でない視線も、全部印象的だったから。
 思えば、俺が他人を意識するのは珍しいことだったし、フルネームを一度で覚えたのも変だ。高校入学までに、あんなヤツがいなかったから、とも言える、ような気もするケド。

 こんなに長い時間をかけて、真剣に、本当にマジメに、一人の人間のことを考察しながら、自分を振り返るのは初めてで、俺はすぐに逃げている、と思う。
 今はヒマだから、と言い訳するところも、やっぱ逃げだろう。


 何をどう思ったのか、ボールを持ったまま走るようなヤツがバスケット部に入った。赤木キャプテンとのヤリアイは、確かに驚いた。バスケットにビギナーズラックはない。すげー素質かも、とは思った。
 基礎練習を嫌がって、挫折しちまうのかと、ちょっとだけガッカリした自分を知っている。入部の動機はすぐに思い当たったし、けれどコイツは他の奴らと違う、そう感じた後だったから。戻ってきたときは、どこかホッとした。
 それから、ずっと見ていた。
 ドリブルばかりを嫌がったり、出来もしねーのにダンクしたがったり、強引に試合に出たがったり、そこでまた自分たちと相手チーム両方を驚かせるようなことをしてみたり。
 少しずつ、でも着実に、確実に、進歩していった。
「おめーを倒すのは俺だ!」
 と、勘違いも甚だしいことを、エラそうに何度も言っていた。追いつかれるとは思わなかったが、俺のトコまで来ようという意思が、俺は嬉しかった、と思う。

「だから、はやく来やがれ」

 テーブルに突っ伏したまま、見えない相手に呟く。


 いつも背中に感じていた視線。
 俺が先へ進めば進むほど、アイツは必死で追いかけてくる。それが楽しくて、見せびらかしたいのも本当だった。けれど、手本にでもドロボウでもいいから、とも思った。
 俺の後ろではなく、肩を並べるくらいに、と心から思っていた。

 1年のインターハイで、初めてコートで触れ合えた気がする。あの時は、熱が出たかのように浮かれていた。試合終了のブザーを遠くに聞きながら、アイツから目が離せなかった。そして、自然と手を出した。
 大きくて熱い手だと感じてから、その熱を奪うように手を握った。今思うと、これも変だ。手を繋いで歩いていた俺達を客観的に思い出すと、今更だけど照れた。何も、考えてなかった俺。
 キスするようになって、唇も熱いヤツだと知った。それどころか、体中、どこもかしこも熱い。最もアツクなる部分まで、俺は知り尽くしている。
 何でこんなこと思い出してんだと首を振ってみる。けれど、頭の中に描いただけで、俺自身がアツクなるのは止められなかったし、逃げられない原因にもなった。
 アイツを想うと、俺の体はアツクなる。

 暗い部屋の中で、躊躇いながら自分自身に手を伸ばす。自分のなのに、触れた熱さに驚いて手を引っこめる。「くそっ」と毒づいてから、アイツの手をイメージする。
 こうなってしまった責任を取れ。桜木。

 
 なんとなく、SEXしていた。嫌悪感もないし、どころかキモチイイし、求められるってのも、どこか優越感を感じて「ザマミロ」とか心の中でベーっとしていた。実は。
 けれど、そんな考えで、俺は避けていたのかもしれない。
 簡単には認められないことだ、と感覚的に逃げていた気がする。
 アイツは男で、俺も男だ。
 イヤじゃなかったから、とか、デキるからヤッていた、なんて言葉で誤魔化すのはもう無理だ。
 このアツクなる体と、悲鳴を上げる心臓あたりの存在を、否定出来ない。

 おまえが好きだ。

 「恋人」と言ってくれたてめーの言葉を、今やっと自分に染み込ませた。信じられないことに、涙が出てくる。涙腺が緩むってことを、初めて実感した。
 バスケにかける自分をイヤだとは思わない。けれど、そばにいないアイツには文句を言いたい。自分から離れておいて、態度がデカイと怒鳴り返されそうだけど。
 おまえに会いたい。今すぐに。

 どうやらこれが、さみしーって感情らしい。

 

2001. 6. 6 キリコ

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