ウジ虫 

 

 強い奴らとチームを組むと、それだけ自由であり、安心もでき、思い切ったことも出来る。それをまず学んだ。これまでのバスケットは、まだまだ子どもの遊びだったのだ、と実感する。このゾクゾクする緊張感がたまらなかった。
 もちろんここまで思えるようになるまで、結構苦労した、と思う。


 安西監督の紹介で、1ヶ月ほどはホームステイしていた。慣れない街、慣れない言葉の中で、少しでもバスケットに集中できるように、という配慮なんだろう。初めは知らない家に、と渋ったけれど、今では有り難かったと正直に思う。何しろ、俺は何も知らなかったから。
 日本にも差別ってのはあるだろう。けれど、たいていは同じような顔だ。髪や瞳は。けれど、ここは違う。みんなバラバラといえばそうだが、どうしても優位に立っている人種がいる。ここでは俺も有色人種(カラード)で、当然差別の対象になった。
 ケンカ慣れしててよかった、と心から思うくらい、結構絡まれた。

 ホームステイ先の奥さんが日本人で、いろいろ教えてくれた。アメリカでは自己主張の出来ない人は生きていけない、とか。そうかもしれないと思う。実力主義でもある。だから、俺は技術で身を立たせた。どうしても口では敵わないから。「ノー」と言える俺はまだましらしいが、けれどもっと訴えていきなさい、と高校の寮に移るときに諭された。
 なんだかバスケットだけでなく、いろんなことがありすぎて、ため息の回数が増えていた。


 少しずつ、挨拶するようなチームメイトも出来て、自分の居場所が確保されて、しかも夜に暇だったりすると、考えてしまうヤツがいる。気付いたら、目を閉じてそいつを思い出す。ブンブンと頭を大きく振って、追い出すようにして立ち上がった。
 窓の外は雪ばかりで、けれど部屋の中はかなり暖かい。Tシャツでいれるくらいなのだ。案外寒すぎるところの方が、寒がりの俺でも住みやすいのかもしれない。暖房器具がしっかりしてるんだろう。毎日そんなことを考えながら、毎回このことを報告したい、とまた思い出す。アイツは常に、どんなときでも頭の中に湧いてくる。ウジ虫だからしかたねーと珍しく笑った。

 日本を出たのは、かなり暑い夏だった。今頃は楓の季節かもしれない。アイツは落ち葉を拾ってるだろうか。またそんなことを考える自分の頭を小突いた。
 あれから3ヶ月。いろんなヤツから手紙が来るが、アイツからは一度もない。そばにいなければ、きっと存在感もないんだろう、といつも封書の裏書きを見て思う。アイツは友人も多いし、誰とでもすぐ友達だ。
「別に待ってるわけじゃねー」
 と口に出してみる。自分から送る、という発想は、生憎俺には浮かばなかった。

 俺はバスケットをしに来たんだ、と暗示をかけるように呟きながら、今日も眠りにつく。

 

2001.7.10 キリコ

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