Sugar Maple

これから後の話は、英語と日本語が混ざります。
英語が『』で、日本語が「」です。ややこしくてごめんなさい。 


 やけに俺に構う奴がいる。俺より10cmほど高い身長と浅黒い肌、そして金髪に染めた髪。俺と同い年らしいのに、ヒゲを生やして親父くさかった。どこの人種なのかよくわからないけれど、深いブルーの瞳は東洋人じゃないことを教えてくれる。まぁ白でも黒でも黄色でも、バスケットが出来ることにはかわりない。
 このギルと、もう一人よくつるむようになったのは、クリスという黒人だ。俺より少し低い身長と、低いドリブルと、確かな判断力のあるポイントガードだ。といっても、クリスは路上で出会うだけで、高校は別らしい。

 ものすごく新しい世界なのに、ここがあたり前のような気もしてくる。何よりも充実したバスケット生活がそう思わせるのか。日本での高校生活なぞ忘れてしまいそうだ。一様に同じ制服を着て、チャリンコに乗って。俺は毎日授業中に眠って、放課後はバスケットをして、夜はアイツといることが多かったこと、それとインターハイでの興奮、それだけはなかなか忘れられないらしい。

『Hey, Sugar!』
 休みの日、コートへ向かおうと歩いていると後ろからギルの声が聞こえた。低くよく通る声に当然気が付いたが、その呼び名が気に入らなくていつもムシする。
『カエデ!』
 肩を引っ張って強引に振り向かせる。ムスッとした俺の顔に、両手を広げて大げさに謝る。仕種の大きいところは、誰かを思い出させるから好きじゃなかった。
『怒るなよー、カエデ?』
 くっつくように歩きながら、俺の頭をクシャクシャとかき混ぜる。いい加減慣れてきたとはいえ、なぜこんなにスキンシップが好きなのだろうか、こっちの人間たちは。
 小さく笑っただけなのに、もう許してもらったとギルははしゃぐ。単純で朗らかで、俺は呆れながらも嫌いにはなれなかった。

 コートにつくと、クリスだけでなくいつもの顔ぶれが揃っていた。約束もなく、なんとなく集まった連中で、適当なチーム分け、その場で役割を決めてやるイージーなバスケットの時間が、最高に楽しかった。
 ときどき、たった一人でやりたいと思うこともある。俺はどこにいても、自主練だけは欠かさない。この辺を安西監督は認めてくれたらしく、アメリカにいっても流されないように、いつもの俺でいるように、とだけ忠告してくれた。その言葉を毎日思い返しながら、たぶんかつての教え子を思い出してるんだろう寂しそうな監督の顔も思い出す。俺は、彼のようにはならない、つもりだ。

『Maple! 何ぼんやりしてんだよ?』
『してねー』
 クリスは俺の目を見ながら、『ま、いいけどさ』と肩をすくめた。アメリカ人てのは、同じような仕種をするんだと妙なところに感心していた。

 この楓という名から、そう呼ばれることは覚悟していた。おかしな話だが、そんな気がしていた。しかし、ギルのように「Sugar Maple」から「砂糖」と呼ばれるのは気に入らない。「Sugar」と呼びかけられる意味がわかってからは、尚更だった。

 雪かきをして、コートを走る。プロの集団でもないのに、俺は実力の限りを尽くさなければコートにも立っていられない。このスピード感と緊張感、俺は毎日堪能している。最高に楽しくて、猛烈に悔しくて、「ああバスケットをやっていて良かった」と心から思える。
 パスする相手の顔が、一瞬だけアイツに重なることがある。あんな奴にパスしてやるもんか、そう思うのに、俺はアイツに投げたがっている。俺のそばにいて、俺とバスケットをやれよどあほう、と毎日心の中で毒づく。俺を倒しに来やがれ、桜木。

 そして今日もギルにもクリスにも、ほとんどの奴らに翻弄されて、明日からの課題が増える。ものすごく充実した日々。ほんの少しだけ、寂しさを抱えたまま、もうすぐ12月になる。

 

 

『Sugar Maple』はまぁ楓ですが… 『Sugar』の俗語、お暇な方は調べてみてください(^^)
ちなみに私は『ギルバート・グレイプ』という映画が大好きで、『クリス』という友人がいたんだす。

2001.7.14 キリコ

 
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