ショーグン
『カエデ、やっと現像したんだ』
そろそろ寝ようという時間、夜遊びから帰ってきたギルが言う。(ずいぶん早いご帰還だ)。Tシャツで寝そべっていた俺の横に入り込み、ゴソゴソと音を立てながら袋を開けた。
もうすぐクリスマスって今日この頃、すっかり忘れていたハロウィーンを思い出させるそれらは、決して嬉しいものじゃなかった。
ちょっとムッとした顔がわかったのか、ギルは俺の頭を引っかき回し、楽しそうに回想する。ギルは、知り合ってそれほどでもないのに、ずいぶん俺の表情を読むらしい。それが不思議でもあり、有り難くもあった。ギル以外のアメリカ人は、言葉にしなければ何一つ伝わらないから。元々無口な上、まだまだ扱いきれない英語の壁の前で、ギルがいなければ俺はもっと馴染むのに時間がかかっただろう。
ギルの思い出話を両耳に通過させながら、そんなことを考えていた。『カエデ? 聞いてる?』
『あ…いや、なんだっけ?』
枕に拡げられた写真は、いつの間にかシーツまで及んでいた。ギルのせわしなく動く手をぼんやりと見ていただけで、写真自体は目に入ってもいなかった。
『こんときのお前、キレーだったって話だよ』
特別気を悪くした風でもないギルは、笑いながら一つ一つ、しばらく前の俺達を指さした。とてもじゃないが、写っているほとんどの奴らが、元が誰なのかわからない代物だった。そんな中、俺は誰が見ても俺だとわかる格好なのだ。
『俺、『ショーグン』スキでさ、『ミフネ』も楽しみなんだ』
映画などあまり知らない俺には何のことかよくわからないが、それらの武士映画のおかげで、俺は着物をムリヤリ着せられた。いや、あれは着物じゃなくて浴衣だ。袴もあったが、短くて情けない。プラスチックの刀2本にちょんまげのカツラ。これだけは勘弁してくれと何とか自前でやり通した。最もおかしかったのは、草履のかわりのエア・ジョーダンだ。こんな忘れたい格好で街中を歩き、証拠写真まで残っている。俺自身はうんざりしているのに、ギルは何を見てキレーだと言うのだろうか。
『やっぱさァ…日本人だから雰囲気出るよな。去年別のヤツに着せたけど、どっかおかしいんだよなぁ』
懐かしそうに、嬉しそうにギルは笑う。いや…根本的に着せ方が間違っているとは、とても言えなかった。俺だって時代劇くらいは見たことはある。
『こう…真っ黒いサラサラの髪で、真っ黒い瞳で…』
写真を見ていたギルは、突然俺の髪を撫で始める。引っ張ってみたり、後ろに撫でつけてみたり、そこにはたぶん羨ましさが込められていた気がする。ギルは、元はどんな色か知らないが、金髪の巻き毛だったから。
俺というヤツは、ギルと話しているのに、すぐに別のヤツを思い出してしまう。ギルの短い金髪を見るだけで、それは違う色に取って代わる。もっと短くて、もう少し硬い髪。
『…俺は赤がいい…』
『…赤?』
思わず呟いて、聞き返されて我に返った。ギルやクリス、他の連中と話しているとき、俺はこちらの人になっている。まるで、ずーっとここにいたかのように、日本を思い出しもしない。思い出させるものもなかった。それなのに、俺はただ一人のどあほうのことだけは、何かの拍子に結びつけてしまっている。
こんな自分は気に入らなくて、バスケットやいろんなことに集中してみる。けれど、そう簡単にはいかなかった。ショーグンと聞いて、そういえば殿様のように偉そうにするヤツだったな、とか、すぐに考えてしまう。それがイヤなのに、とめられなかった。
あんなハガキ一枚寄こさないヤツ知るもんか、と枕に顔を埋める。大きなため息をついて、片目だけ開けてみる。夜、眠るときに思い出すのは、温かい腕枕だった。隣で眠るギルの体温とは違う温もりを懐かしんでしまっていた。
2001.7.14 キリコ