大晦日で18歳
大晦日の朝、寮の連中に言い渡されていた通り、俺はまだ眠っていた。新年を迎えた後、起きているために眠っておけと言われたのだが、きっと寝だめなぞ出来ず、真夜中は眠くなると思う。
朝早く目覚めたとき、かなりの雪が降っていた。だから今日はバスケはムリだ。それならば、ただひたすら眠っていよう、と決めた。深い眠りの中で、虫の音のような何かが聞こえ続け、「うるせー」と口に出したつもりだがそれは鳴りやまない。一定のリズムで鳴るそれが電話だと気付いたときには、もう10回以上コールしていただろう。
ところで俺は電話はニガテだった。誰にも言わないけど。物ぐさなフリして、なるべく取らないようにしている。目の前での英会話はともかく、電話は聞き取りにくくて用件がわからないから。
しかし、ルームメイトが取り上げないところを見ると、誰もいないんだろう。仕方なく、寝ぼけた声で応答する。自然と日本語で言おうとしてしまい、慌てて言い直す。
「はい、…じゃねー」
「ルカワ?」
間髪入れずに返ってきた日本語に、俺の心臓が止まった、気がした。
新年を迎えるカウントダウンは、寮の談話室で盛大にやるらしい。ということで、ムリヤリ引っ張り出され、すでにシャンパンが回っていた。何とも言えない初めての味を、隅っこでチビチビやる。ここにいると、だんだんとオヤジくさくなりそうだ。
今の俺は誰の英語も理解出来なかった。すべては単なるノイズにしか感じられない。『カエデ?』
ギルが隣に来る。話しかけられたのもわかった。けれど、俺は上の空だった。
『カエデ、何か良いことあったのか?』
『…なぜ?』
『嬉しそうだから』
そんなに顔に出しているだろうか。そして俺自身、「嬉しい」と感じているかどうかは疑問だった。これはそんな感情とは違う気がした。
『別に…』
『そうか…?』
しつこく聞き出しはしなかったが、俺の横に座り込み、俺の顔をじっと見る。きっと俺が話し出すのを待ってるんだろう。けれど、うまく説明出来ない。そして、嬉しそうに見える理由がアイツだとは自分でもなかなか認めたくなかったのだ。
―――オメー、生きてんのか?
―――…いきなり何言いだしやがる、どあほう。
―――なんだと! 久しぶりなのに、いきなり「どあほう」はねぇだろ!
―――…何かあったのか?
―――え? いや、それよりオメー、ハガキ一枚くらい寄こせよ。
―――なんで?
―――なんでってなー…
―――…黙り込むと金がかかるぞ。
―――このヤロウ、俺がどんだけ緊張して国際電話かけてると思ってるんだ!一語一語、全部覚えている。短いデンワだから。じゃないな… ちくしょう、やっぱり嬉しいのだろうか。
―――誕生日だろ? おめでとうって俺が言ってやらなきゃ、
トモダチもいねーだろうオメーが哀れだからな。俺って優しいだろ?
―――…こっちはまだ31日。
―――えっ?! あ、そうか、時差か…
でもまぁオメーも日本で産まれてんだし、いいじゃねえか。
―――……おう。
―――あれ… オメー、そっち行って、ちょっと素直になりやがったか?そう思うか? そうならば、今日だけはもうちょっと素直になってやろう、と瞬時に思った。
―――桜木…
―――あんだ?
―――スキだ。
―――……えっ?! ちょっ 待てっ! ルカッ受話器が落ちた音が聞こえ、その間に俺は派手に音を立ててデンワを切る。しばらくその体勢のまま、全く動けなかった。たった一言告げただけで、心臓が飛び出しそうだ。顔が熱く感じるということは、きっと赤くなっている。
テメーとバスケがしたい、そう言うつもりだったのに。ギルの視線を横目に、何度も何度も回想する。何回目かに、自分がありがとうを言わなかったことに気が付いた。
もうすぐ、1月1日になる。けれど、俺はすでに18歳になっていた。
2001.7.14 キリコ