文 通
正月のデンワの後、桜木からハガキが届くようになった。その内容は、いたってシンプルで、報告事項のようにも見える。けれど、俺はまめにメールボックスをチェックするようになってしまっていた。同時に他の人から手紙が来ても、まず真っ先に桜木花道から読む。まぁハガキだから読みやすいんだ、とも言い訳しておく。
「スキだ」と言ったことに対して、特に反応はない。それはそれでちょっとムッとする。少なくとも俺は告白されたら、何がしら返事をした。それがたとえ「ノー」ばかりであっても。
何もなかったボックスを、バタンと音を立てて閉じた。ため息をつきながら、自分はアイツにどう返事をしたか、記憶を探った。確か、「知ってる」とだけ言ったような…。「Yes」でも「No」でもなく。何しろそれまでに十分深い仲だったじゃねぇか、と一人照れてみる。ほんの少しだけ。
本当の意味で「両想い」というものを、俺は理解できているだろうか、よくわからない。何しろ「スキ」だと気付いた相手は、そばにいないから。けれど、「スキ」と認めることがどうイヤだったのか、今ではわからなかった。別に、何も変わらない。
この2ヶ月の間に何通か来たハガキを並べてみると、一応繋がっていることに気付く。まとめれば手紙になるって感じだろうか。
何の遠慮もなく人の部屋に来るギルは、俺が拡げたハガキを右に向けたり逆さまにしたりして首を傾げる。ああそうか、これは日本語だったと改めて思う。
『なんて書いてあるんだ? どこから読むんだ?』
象形文字にしか見えないとおかしそうに笑うギルに、方向だけ教える。ひらがなと漢字があることも教える。けれど、内容は説明のしようもなかった。
―そっちでトモダチいるのか? ま、いねーだろうな。―俺はゴリと一緒の大学で、早くも注目の的だ! 3学期はガッコもあんまねーし。
―高校生と大学生ってだいぶ違うよな。ゴリが普通に見えるくらい、スゲー奴らばっかっだ。
―もうすぐ卒業式だ。オメーは中退だな。
今は2月末で、そういえばもうすぐ卒業のシーズンだとそんな情景を思い浮かべる。あんな、底辺を彷徨うような成績のアイツが卒業? しかも大学生になるということに、今ひとつ納得出来ない。バスケットが出来なければ、アイツはどうしていたのだろうか。想像もつかないことを、考えてみたが、同じくバスケットに染まった俺の頭では何も思い浮かばなかった。『なぁカエデ?』
相変わらず隣でハガキを見ていたギルが呼びかける。悪いがすっかり存在を忘れていた。
『俺、カエデが手紙を書いてるの、見たことないけど、実は筆まめなのか?』
『…いいや。…なんで?』
『よくエアメールが来るだろ? それに、この名前ばかり並べてるじゃないか』
ギルは日本語はわからないと言った。けれど、名前のところが同じような文字の羅列だというのはわかったらしい。特徴のないハガキに、マジックで殴り書いた汚い字。初めての年賀状もこんなだったと思い出す。そしてそれらを俺は手元に置いているらしい。よく手にとって見ているらしいのだ。
ギルは俺の肩に体重を乗せ、耳打ちしてきた。
『大事そうにしてさ… もしかして、それ恋人?』
『…恋人?』
『…好きな人?』
俺はただ黙って首を縦に振った。別に隠さなければと思ったわけではないが、大っぴらに出来る仲でもないはず、とこの国に来てますます強く思った。けれど、俺自身はこの想いに何ら恥ずかしいところはないので、肯定する。
『あ〜あ、いいなぁ… 俺も素敵なガールフレンドが欲しいなぁ』
俺にだってガールフレンドはいねーと心の中で呟いた。そんな可愛いもんじゃねぇ。全力でぶつかり合わなければならない相手、だと思っている。久しぶりに返事を書いてやろうと思った。俺はまだ最初の一通にしか返してなかったのだ。筆まめにはほど遠い。
―届いた。
こんな一言だった。受け取り先に間違いがないことだけでも知らせろと言われたから書いたって感じだった。
けれど、今日は自分の意志で書く。アイツの勘違いを正す。―俺はこっちの高校生だ、どあほう。
さて、次のハガキには何て書いて寄こすだろうか。内容によっては、返事を書いてやってもいい。
2001.7.25 キリコ