サプライズパーティ
誕生日に主役を驚かせるパーティがある。この表現が正しいのかよくわからないが、寮の誰かが誕生日だというと、そこへ驚かすメンバーとして何度か呼ばれた。もみくちゃにされる彼らを見て、俺は本人が嬉しいのか理解できないが、とりあえずみんな楽しそうだから、俺も参加する。というよりは、ギルに引っ張られてという方が合っている。
今日はサプライズパーティではなく、普通の誕生日パーティに呼ばれた。主役はクリスだ。どこに住んでいるのかも知らないし、年齢すらわかっていなかった。けれど、バスケットの腕前はすげーってことはこの目でしっかり見ている。そんな街中でのバスケット仲間が集まるらしい。
あまり足を踏み入れたことのない地域、周囲は黒人ばかりで、路地には入るなと忠告された。キョロキョロと見回すのも危険らしいので、とにかく堂々と歩く。俺はギルを横目に、無表情のまま進む。ここでみんなとはぐれたら、俺は寮に帰ることも出来ないだろう。ドアベルに反応したのはまだ小学生くらいの子だった。家族のことなど聞いたことはなかったが、弟がいたのだろうか。
招き入れられた部屋は、それほど派手でもなく、けれどお祝いの雰囲気だ。俺はホームステイ以後、アメリカの家庭を見るのは初めてかもしれない。
ほぼ全員が揃ったらしく、2階にいる主役が呼ばれる。来ているのは若い男女半々ってとこだろう。ほとんどが黒人だった。
階段の軋む音が聞こえ始めたとき、俺は日本とは比べものにならない大きさのケーキから目が離せなかった。あれをいったい誰が食べるというのだろうか。そしてこちらのケーキが異常に甘いのも、すでに十分過ぎるほどわかっていた。
拍手で我に返って顔を上げる。視線の向こうに白っぽいドレスを着た黒人がいた。階段のてすりに手をかけたまま、そこにいる全員に手を振る。俺と目が合ったときも、ちゃんとニコリと笑った。けれど、俺は手を振り返すことも出来ないでいた。何しろ知らないヤツだ…と思ったから。
けれど、俺の大きな、そして決して口にしてはならない勘違いなのだとパーティ中に悟る。それっくれーの常識はある。初めは冗談かと思った。何しろクリスは、俺より多少低いくらいで、いつもジーパン(バスケしてるとこしか見てないからだ)だし、冬だから結構厚着のままだったし、縮れた短い髪も男らしいといえばそうだった。何よりも、野郎ばかりの3 on 3などでも、信じられないくらい活躍するようなヤツなのだ。チームならば、すんげーPGだ。それなのに、今はなげードレスで、頭にはなんだかヒモがぶら下がっていて(リボンか?)、大きく開いた肩といい、間違いようのない胸の谷間が、クリスが女だということを物語っている。
俺は、とにかく開いた口が塞がらず、ほとんど食べてない気がする。主役じゃない俺が驚かされた、ある意味これもサプライズパーティだった。
帰り道、並んだギルがこっそり耳打ちしてきた。
『カエデさ、クリスのことばっか見てただろう?』
顔を上げると、暗い中でもニヤニヤしているのがわかった。
『ダメだよ、浮気は〜。でも今日のクリスは、ほんとに綺麗だったよな』
そうか、ああいうのを綺麗と表現するのか、となんとなく納得する。けれど、俺の中には美の基準のようなものはないので、よくはわからない。とにかく、ギルにすら言えないのだ、俺がクリスを男だと思っていたことは。
『初めてクリスに会ったのは1年…もうちょっと前かな。その頃は男の子みたいだったんだけど、女の子ってある日突然女の子になるよなぁ…』
父親のような口調のギルに、ちょっとだけホッとしたり、「なるほど」と安心する。
『…いつ頃、女は女になるんだ?』
この質問にギルは少し笑った。ちょっと英語が変だったろうか。
『さぁ… クリスは16歳になったばかりだけど、あの大人っぽさだしなぁ…』
『え…?』
あまりの驚きに、俺は立ち止まってしまった。その後のギルの言葉は俺の耳を素通りした。なんというか、日本人とアメリカ人は、そもそも成長のスピードが違うし、大きくなる度合いも違う。それらのことを順次学んでいるのかもしれないが、俺がこれまでの人生で驚いた順位は、今日だけで1位、2位を占める気がする。
けれど、クリスが男だろうが女だろうが、これまでと変わらないと思う。バスケットに真剣で、すげーテクを持っていても奢らず、いつも一生懸命だから。
それにしても、俺は女のクリスにも敵わないことがある。アメリカは層が厚いなぁとまた前向きになった。
2001.8.7 キリコ