ケンカ、SEX、バスケット

 

 3月の末になり、雪も溶けだしてボチボチ春の気配になった。寒いのは好きじゃないので、ちょっと有り難い。けれど、日本の冬と違って、こっちはかなり防寒対策がなされているらしく、寮も学校も、かなり暖かかった。けれど、外は極寒だ。
 冬がつらかったのは、外でバスケットをする機会が減ることだ。雪が少なくなった最近は、コート上は夏と変わらない。俺はクラブのない日は必ず行っていた。

『カエデ、今日行く?』
『ああ』
 冬でも薄着のギルは、毎回ご丁寧に確認する。俺が行っても行かなくても、ギルは必ずコートにいる。どんなにうまくても、常にそれをキープし続けようとしている。おちゃらけているようでいて、バスケットに関しては真剣なギルがかなり好きだ。
 俺も同じように、同じくらいかそれ以上、可能な限り練習したい。けれど、俺には言語というハンディがあって、そして元々の成績も自慢出来るものではないので、単位とかいうのがヤバイのだ。夜はどうしても寝てしまうし、否が応でも勉強しなければならないことがある。バスケットが出来なくてイライラすると、余計頭に入らない。
 ぼんやりとしたまま、かなり前に赤木先輩の家で補講を受けたことを思い出す。あのときは、教えてくれるチームメイトがいて、黙っていても構われていた。アイツとケンカしながら勉強したこともある。けれど、今は一人で何もかもしなければならない。ただバスケットをすればいいというものでもなく、そのためにはまだ学ばなければならないこともある、そうギルは俺に諭した。同じ年なのに、ずいぶんしっかりしているもんだ。
 こうして人間ってのは成長してくんだなぁと考えながら、俺はまた机に突っ伏してしまう。この辺は、どこでもいつでも変わらないらしい。


 ギルのプレイは、かなりキレる。大きいし、重たそうなのに、動きは軽い。プロのバスケット選手に見られるような体格と技術に、正直惚れ惚れする。ヤツの体はもう出来上がっているんだろう。その点俺はまだ成長期、らしい。身長はまだ伸びるだろうか。
 休憩しながら、他の連中のプレイを観察する。小さな動きに意外な発見があって、もう驚くことも忘れてしまう。プロを目指す奴らが多いとはいえ、本当に信じられない奴らばかりだ。
『俺にもくれよ』
 隣に座ったギルが、俺の飲んでいた水を取り上げる。自分のもあるくせに、と思いつつも、しゃべるよりは楽なので黙っている。
『イヤならイヤと言えよ、カエデ』
 と、ギルは付け加える。『わかっているならするな』、と逆に言い返した。
『言葉が足りないのは良くないぞ、カエデ。特にこの国ではな』
 この国に来て、半年以上経っても、俺はギルに教えてもらうばかりで、ムカつくくらい敵わなくて、でもギルがいなければ、俺はここではやっていけなかったかもしれない。
『感じたこととか、ノーでも何でも言わなきゃ。あ、それよりさ?』
 突然口調を変えて、身を乗り出して聞いてくる。ニヤニヤし出したと思ったら、いきなりおかしなことを言い出した。
『カエデさ、恋人いるって言ってたけど、SEXしてないだろ』
『…は?』
 いきなり決めつけられて、そしてその内容にもかなり驚いた。
『まだ腰も細いし。それよりも、愛情表現出来ないんじゃないのか?』
『愛情表現?』
『好きだって言ってる?』
『…言ってない』
 言ってない。ずっと言わなかった。気付かなかったふりをしていた、と今ならわかる。けれど、その愛情表現とやらとSEXとは、俺達の場合関係がなかったのだ。
『カエ…』
『あのさ、ギル』
 珍しく、遮ってまでしゃべる。
『日本人独特なのか、俺達が特別なのかわからないけど、俺達は言葉よりも伝えやすい方法があって、その一つはSEXでもあったけど、何よりもバスケットさえ出来れば十分だったんだ。ケンカもよくしたけどな』
『…ケンカ? 文句を言い合うのか?』
『いや、殴り合った』
『…ハードな関係だな』
 ギルは両手を空に向けて、ピューと口笛を吹いた。
『なあ…会いたい?』
 まっすぐに見つめる青い瞳に、正直に答えてみる。
『会いたい』
『会ったらどうする?』
『バスケット』
 バスケットとケンカとSEX。俺とアイツの関係を表すにはこの言葉くらいだろう。その中では、どうしたってバスケットが一番だ。
『日本に帰りたいと思ってる?』
『いや… きっとアイツが来る』
 アイツからアメリカなんて言葉は聞いたことはない。けれど、たぶん間違いない。
『なんだかなぁ… 結局ラブラブなんだな、カエデ』
 それは違う、という言葉は言わなかった。それにしても、人に初めて自分たちのことを話したことで、ほんの少し客観的に見える。自分の気持ちもはっきりしてくる。
 俺は、アイツが好きだ。
 俺は、アイツとバスケットがしたい。ケンカもいい。SEXもいい。
 けれど、追い抜かれるのはイヤだし、アメリカを離れる気はない。だからアイツが来ればいい。なんてーのは、ワガママってヤツだろうか。

 

 

2001.8.30 キリコ 

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