ギルの証言

 

 実は俺には日本人の血も流れている。少しだけだけどね。文字通りの混血で、どこの人種が強く出ているのか、説明するのは難しい。たぶんカエデは全然わかってないと思うよ。
 だからかな。見かけも中身も純粋の日本人であるカエデが大事なのって。しゃべらないけど、俺にはわかりやすいヤツだし。日本人であんなにバスケが出来るヤツ、あまり見たことなかったし。んーまあ、結局は、俺がカエデが好きだってことだね。

 

『ハイ、ギル。珍しい、今日は一人?』
 いつものコートで一人シュート練習をしていたとき、相変わらずボーイッシュなクリスが明るく声をかける。学校の体育館が使えない休日で、仕方なくこちらに来たんだけれど、本当に珍しく、誰もいなかったのだ。
『やあ、やっと相手になってくれそうなヤツが来た』
『カエデは?』
 ジャケットを脱いで、俺に近づきながら聞いてくる。実は、そのことについて、ずっと誰かに話したかったのだ。
『たぶん今日は来ない気がする…。なんでか聞きたくない?』
『聞いてあげてもいいよ、ギル』
 バウンドさせたボールを、すばやく奪う。瞬発力のあるクリス。自分から奪い返したら聞いてやるって雰囲気だった。けれど今の俺はそれよりも、落ち着いて話をしたかったので、来たばかりのクリスを休憩に誘った。
『昨日、不思議な訪問者がいたんだ。どうもカエデの知り合いらしい。日本からね』
『へぇ…友達?』
 不承不承座った割に、クリスはあのカエデに客、ということに興味を持ったらしい。
『それがね、ここに来たんだけどね…』
 ぼんやりと曇った空を見上げて、昨日のことを回想した。


 昨日はクラブが終わって、俺はここに来た。体育館の関係で、朝練だけだったからね。その時も一人だった。それで、しばらく没頭してたんだけど、ふと見るとフェンスに知らない男が張り付いてたんだ。ただ見てるっていうよりは、すごく見つめられてて、なんというか真剣な目だったよ。背が高かったし、バスケするかと思って俺は声をかけた。
『混ざるか?』
「…なんだって?」
 すぐに日本人だってわかった。意味はわからないけど、日本語だなぁって思ったからさ。けれど、向こうもわからなくても差し出したボールで理解したらしく、フェンスを超えて来たんだ。まだ雪の残るここで、やけに薄着でね。まるで俺みたいだね。それはともかく、そいつは荷物を置いて、俺のコートに入ってきた。
 こんなとき、言葉は通じなくてもバスケットは一緒で、いきなり1on1さ。意外も何も、たいした技術だった。始めは手加減してやってやろうと思ったんだけど、気を抜いたらヤバくてさ。ビックリしたよ。でもまだまだだね。まだ知らないことがある感じ。経験が浅いのかな。
 とにかく、どっちも真剣で、すぐに汗が飛び散った。間間によく感想か何かしゃべっていて、俺のことを「アメセン」って言っていたけど、あれはどういう意味なんだろうか。
 それはまたカエデに聞くとして、いつの間にかそのカエデが混じってたんだ。どっちの味方で入ったってんじゃなく、3人でゴールを奪い合った。それなのにさ、俺が抜けても気づかないくらい、二人でやりあってんの。すんげー睨み合ってさ。完璧二人の世界なわけ。放っておくとずっとやっていそうだったし、観察してたんだけど、基本的にはカエデが押してるんだけどねぇ、もう一人も驚くことするしねぇ。いや、どっちもたいした才能だよ。いやもちろん努力してる二人なんだろうけど。
 ここで思った。なぜかすぐにわかった。こいつら知り合いなんだなぁって。何しろ、真っ赤な髪の日本人なんてそうはいないし。二人の1on1はとても息が合っていたし。このボーズ頭がカエデに会いに来たのは、とにかく間違いないと勝手に確信したんだ。

『挨拶もなしに、いきなりバスケット?』
 俺の回想を黙って聞いていたクリスが驚く。俺もちょっと驚いたけどね。
『二人でやりあってるときに、「キツネ」とか「どあほう」みたいな言葉は聞こえたけれど、後はののしりあってる感じでよくわからなかった』
『…仲が良いわけじゃないの?』
『…さあ?』
 何しろ、いつまでバスケットすんのかなーと思ったら、いつの間にかケンカになっていたから。転がってきたボールを拾い上げて、そのケンカもずっと見ていた。とても止めに入れるような雰囲気じゃなくてさ。息が合ったコンビにも見えるし、嫌いな者の同士殴り合いにも見えた。じゃれあってるようにも見えたけど。
『で、今カエデとその人はどこにいるの?』
『俺らの寮だよ』
『寮でも会ったの?』
『いや…』
 会ってはいないけれど、わかる。きっと、カエデのそばに張り付いてるはず。
 カエデが会いたいと言った、バスケットとケンカとSEXの恋人。昨日の夜、俺のところに驚くものを取りに来たから。俺は遊び人だからね。でも失敗しないように常備してるからさ。カエデがそれを必要とする相手は、あの赤いボーズしかいないじゃないか。とにかく、カエデの言った通りの相手だね。カエデは正直だ。
『じゃあ今日はそのお友達を案内してるのかな、カエデ?』
『そうかもね』
 たぶんずっと寮にいる気もするけどさ。もしかしたら、バスケットしには来るかもだけど。ま、余計な情報はクリスには知らせないでおこうかね。ってなわけで、
『さて、お相手させていただきましょうか』
『手加減なしだからね』
 クリスは笑顔で立ち上がった。

 人に話してみることで改めて確認しても、俺はやっぱりカエデが好きなんだなぁと思う。たとえ、バスケット以外何も出来なくても、恋人が男であっても、カエデはカエデだ。他のゲイは受け付けないけど、カエデが真剣なのはわかったよ。バスケット以外には何の興味も示さないあのカエデが、すごく生き生きした目を向けていたからね。
 それにしても、日本の恋人同士ってのは、ああも激しいのだろうか。

 

2001.8.30 キリコ

SDトップ  NEXT>>