WHY…
「バスケット」
「何しに来た」という質問の答えがこれだった。
なぜお前がここにいるのか、初めは幻かと思った。
俺の部屋、アメリカのこの寮の中に、桜木花道がいる。
何度も瞬きしても、じっと見つめても、それは消えなかった。
自然と手が動いて、また殴ってしまった。「何しやがるんだ、このヤロウ!」
ほんの少し涙目で、どこからどう聞いても日本語の悪口と、ムカつくくらい馴染んだ声が懐かしくて、やはり本物なのだと確認した。
桜木が、ここにいる。俺の目の前に。
俺は、なぜか殴ることしか出来なかった。桜木は、俺の両手をどけはするけど、コートん時みたいに殴り返しては来なかった。「テメッ、このっ」という声が聞こえても、俺はただ両腕を振り回した。何にイラついているのか、自分でわかっているような、でもなんとなく、って感じ。
俺だって、テメーとバスケ、したかった。
先に言われたことが、無性に腹立って、「会いたかった」くらい言えよと怒鳴りたかった。けれど、「何しに来た」という質問以外、俺は言葉を発せなかった。このパターンは知っている。
バスケットをして、ケンカして、いつの間にかどこもかしこもくっつくってヤツ。
目を閉じると、自然とそこが重なって、まるで桜木の部屋にトリップした気分だった。ベッドに倒されて、場所がどこかも考えられず、やっぱり馴染んだ体温や匂いや唇に懐かしさを感じる。離れていた時間を忘れるくらい、だった。夢中になって、舌を絡めた。聞き慣れた音にゾクリとして、忘れたつもりになってたことをしっかりと思い出す。意識してヤるのって、結構照れるじゃねぇかと思いつつ、じっと目を閉じていた。見えない状態でも、間違いなく桜木だと認識出来たから。
ところが、だ。「…桜木?」
突然動かなくなって、目を開けて耳元で呼びかけてみる。が、何の反応もない。ほんの数秒前まで激しいキスしていたと思ったのに、いきなり意識を失ったらしい。こんな最中に、どうやったら眠れるというのだろうか。
「オイ、どあほう」
火を付けられた体を、俺は持て余し、胸に張り付く赤い頭を引っ張った。
「イテッ」
寝ぼけたまま、うっすらと目を開ける。けれど、ちっとも焦点が合ってない。
「…ルカワ?」
「なんだ」
そうして俺の頬を包み込む。髪やら鼻やら撫でまくり、最後にまた頬に戻ってきた。桜木の顔が、至近距離で、見たこともないような笑顔になった。
「本物のルカワだ…」
一瞬で耳が熱くなってしまった。俺は起こすのを諦めた。
桜木の寝顔というのは、あまり見たことがない。コイツの方が、後に寝て先に起きることが多いから。けれど、初めて距離が近づいた気がする、あの見舞いのときは、もちろんずっと目を閉じていた。あの時、「割といい顔」と思ったことを覚えている。すぐに打ち消したけど。そうなんだ、いつも言葉にする前に、否定している。言わずに終わらせてしまうことばかりだった。
腕の中で眠る桜木は、完璧に力が抜けていて、ひじょーにだらしない顔だ。口が開いたままで、ヨダレが少しずつ垂れる。汚ねーと思うのに、離れようとは思わない。こんな気持ちのことを、きっとスキというのだろう。たぶん。「スキだっつっただろ」
耳に直接話しかけても、ピクリとも動かない体に何度もため息をつく。でも何度も言ってみる。今なら言える。起きてたら、ダメかもしれない。
「会いたかった」
最後にそれだけ言って、真っ赤な髪に口付ける。腕枕してやったまま、ムリヤリ眠った。まだ夕方だった。
2001.9.7 キリコ