カバンの中身
結構ぐっすり眠っていたらしい。ルームメイトが帰ってきたことも知らなかった。
俺が起きても、だらしない顔はまだそばにあって、本当の、本当にここに来たんだ、と改めて確認する。夢じゃなかったらしい。
珍しく読みやすい英語を書くルームメイトは、桜木を見て客人だと思ったらしい。いつものように出かけてるから、自分のベッドを使っていいという内容に、ため息をついた。抱き合うように眠っていた俺達をどう思ったのか、これだけじゃわからなかった。
ま、いっか。月明かり以外は真っ暗な中で、もう食堂も閉まっていて、腹が減ってだんだんイライラしてくる。ベッドを見下ろすと、安心しきった寝顔があって、一層ムカついて、鼻をつまんでやった。
「あがっ」
桜木は、起きあがっても自分の状況が飲み込めず、ぼんやりと左右を見回していた。俺と目が合うと、目を大きく見開いて、何度も瞬きしていた。
「…ルカワ?」
「ああ」
ゆっくりと片手が伸ばされて、俺の髪を撫でて、引っ張りやがった。
「何しやがる、どあほう」
後頭部に回った手がゆっくりと俺を引き寄せて、俺の頬が桜木のにぶつかった。チクチクと当たるヒゲが痛てーなぁと一生懸命違うことを考えようとした。
「夢じゃねぇ…ルカワだ」
照れるようなセリフを、さらりと言ってのけて、けれど顔は見えない。いいけど、赤くなったところなぞ見られたくはないから。ほんのちょっと甘ったるいムードになったかと驚いたが、他の欲求が存在を訴える。互いの腹は、負けじと鳴り合うのだった。
「…ハラ減った…」
睡眠欲を満たした桜木が呟く。てめーだけじゃねーんだ。
「あ、そうだ、サンドイッチ食うか?」
そう言って自分の荷物を探る。荷物といっても、部活のときのバッグ。たったそれだけらしい。その中から、バスケットボールが出てきて、さすがに驚いた。
「飛行機ん中でもらったんだけどよー、動かねーからちっともハラが減らなくて」
ブツブツ言いながら、目当ての箱を取り出した。航空会社のネームの入った、小さいそれを持ち、立ち上がって俺に向かってくる。それにしても、コイツが腹減らねーっておかしくねーか?
「あ、なんか飲むもんあるか?」
俺の部屋なのに、相変わらず世話を焼こうとする桜木がおかしくて、プッと吹き出した。
吹き出したとともに、なんとも言えない感情も溢れ出て、それをどうすればいいのかわからなくて、ただ桜木に巻き付いた。
「えっ…ルカワ? オイ?」
驚いて体がピキーンと固まったけど、サンドイッチの箱は落とさなかった。しばらくして空いた腕を俺の背中に回す。こんな感じに、立ったまま抱きしめ合ったことはほとんどない。なんだか、おかしーから。俺達は、そんなじゃない、じゃぁどんなだ、なんて答えられないけれど。とりあえず、今自然とこう出来たから、たまにはこのままいてみよう。
桜木は、またちょっと大きくなったかも。
バスケットボールが半分を占めた荷物に、本当にバスケしに来たのだとおかしくなる。
ギルとの1on1を見て、上達したのがわかった。本当に、ずっとバスケットをしていたに違いない、そう思った。コイツは強くなった。
でも、褒めるのも変なきがしたし、会えて嬉しい気がするのに嬉しいとも言えなかった。
「…どあほう…」
良く張った僧帽筋に口付ける。結局俺は、ほとんど何も言えなかった。ビックリするくらい、優しいキスが降りてきて、やっぱり背が伸びたんだとちょっと悔しい。ぷいと自分から逸らしてみると、穏やかさなんてどこへやらな唇があちこちに跡をつける。目をつぶると、やっぱり桜木の部屋にトリップする。久しぶりだなんて思えなかった。
夕方の、ちょっとした熱が、やっと開放されると思ったのに、桜木はとんでもないところで止めやがる。どうやら、いじわるをしてるわけじゃないらしい。
「あ… アレがねー」
「…じゃあイヤだ」
「ここまでヤッテそりゃねぇだろ?」
「……てめーが持ってこねーのが悪い」
「んなこと言ったって、バスケばっかりが頭にあってよー」
実はこのセリフまでは、俺はナシでもいいかと思っていた。今更止められないのは自分も同じだったから。明日でも明後日でも来年でもなく、今、ヤリたいのだ。きっと、桜木は汚したくなくて、ナシではやらないだろう。なので、しょうがない。
「え…ルカワ? どこ行くんだ?」
「待ってろ」
脱いだTシャツを着て、桜木を放っておく。
人にもらいに行くなんて(こんな真夜中に買いに出られないからな)、恥ずかしがるべきなのかもしれないし、いろいろ詮索されたりするだろう。しかし、必要ならば仕方ない。めんどくさがりのこの俺が、と自分で驚いていた。桜木とバスケットが出来ればいい、と思っていた。それはウソじゃないが、知ってしまった体はそれだけじゃ済ませられなかったな、と他人事のように、たくさんもらったソレを握り締めて、自分の部屋に戻った。
2001.9.11 キリコ