これでいいのだ
帰るって朝、やっぱりタクシーに乗らないという桜木を駅まで送ってやることにした。
「送らせてやってもいいぜ?」
こういう言い方は気に入らないけど、「送ってくれ」と言ってるのがわかるから。いつもならムシするけれど、今日は特別、かも。帰りにバスケするって格好をして、いかにも「ついで」のフリをした。寮を出て、ゆっくりと歩く。ほんの少し前を歩く桜木は、ずっとあちらに顔を向けたままだった。俺も、何も言わない。何を話せばいいのか、わからないから。
桜木が来るときにそこで止まってしまっていた公園のコートが見え、そこにいつものメンバーが揃っていることに気付く。後で混ざるから、通り過ぎようとしていたが、桜木はちょっとだけ立ち止まった。
「…桜木?」
「あ、いや… スゲーよな、アイツら」
珍しく、素直な感嘆。桜木はここにいる間、アイツらとやっていた。だから、身をもってその凄さを知ってるはず。俺に対して「スゲー」とか口にしたことはないけれど、挑むような目つきは「負けねー」と言ってたのを俺はよく覚えている。
しばらく立ち止まっていると、ギルが近づいて来た。
『よぅ、ダッホー、やらないのか?』
「ぬ… 今日はやらねー」
日本語で呟いて、桜木は首を横に振った。一応聞き取れているらしい。ギルには俺の「どあほう」が「ダッホー」に聞こえるらしい。
『もしかして、帰るのか?』
「ああ。それよりも、アメセン! 俺はダッホーじゃねぇ!」
フェンスの向こうのギルは、大きく目を見開いて、肩をすくめた。
『俺はギルだってのに… じゃあ、チェリー?』
「ふぬーーー!! このヤロウ!」
手の届くところにいたら、桜木は殴っていただろう。それにしても、会話になっているから不思議だ。
桜木を挑発しておいて、ギルは今度は俺の方に向いた。
『カエデ、送ってくの?』
『…駅まで』
『はぁ? カエデー 空港まで送ってやれよ』
ギルは本当に不思議そうだった。
『イヤだ』
俺の即答をどう取ったのか、ギルはいきなり自分も行くと言い出した。どう言ってもきかなくて、結局3人で歩き出す。桜木はずっと文句を言っていた。ギルは笑っては俺に救いを求めるフリをして、まあ賑やかな道中になってしまった。『なあカエデ?』
『…なんだ?』
『ちゃんと愛を確かめ合ったか?』
俺は吹き出した。けれど、ギルは真面目な顔だった。
『ちゃんと、スキだって伝えたか?』
口に出したのは確かだ。それと、伝わっているかということは別問題だけど、やっぱり言葉よりももっとわかりやすいコトの方がいい。
『…アレ…サンキュー』
『わおっ! カエデが『サンキュー』って言った!』
ギルは、追求してこなかった。からかうでも軽蔑するでもないらしい。俺の首に巻き付いて、頭をグリグリする。いつもの鬱陶しいスキンシップに、ちょっとホッとする。
けれど、今日はギャラリーがいて、もの凄く暗いムードが漂い始めた。目の前で、振り返った桜木が、すげー目で睨んできたのだ。
「このアメセン! ベタベタして歩くんじゃねぇ!」
矛先はギルのようで、でも日本語だった。通訳も必要なさそうで、意味は分からないけど、とにかく雰囲気を読みとったギルは、俺から離れなかった。
『いいじゃん、俺達親友だもん』
俺の肩に腕を回したまま、空いた手でピースサインを送る。ギルは、ずっと桜木をからかっていた。コートの上でもそうだった。俺から見ると、かなり気に入っていて、しかも認めてるってことだと思う。ギルは、真剣にバスケットをしながら、桜木を挑発していた。そんな様子に、俺はちょっとだけ桜木を誇りに思った。言わねーけど。桜木は、きっと一流になる。
俺は、二人のおかしな会話も耳に入らないくらい、二人のバスケットを思い出していた。「おいルカワ! いい加減ソイツから離れろよ!」
桜木は、俺の腕を引いた。そのまま腕を絡めた桜木は、俺の顔を見ないままズンズン歩く。俺は落ち着かなくてギルを振り返った。
『しょうがねぇなぁ』
笑いながらギルは俺達の後についてくる。別に来なくてもいいのに、ずっと笑ったままだ。もしかして、明るくしようとしてるのだろうか、なんて空港についてから気が付いた。
「桜木…」
「あん?」
「テメーの「アメセン」って何だ、ってギルが聞いてるぜ」
「ああ… なんとなくだけどよー…」
待合いロビーで3人並んで座っていた。桜木は、俺の隣のギルの顔を見る。
「金髪とか肌とかは違うけどよ、コイツ、センドーに似てねぇか?」
俺は改めてギルをじっくり見た。いきなり見つめられてキョトンとしたギルは、俺に説明を求めたが、それよりも憎たらしい一つ年上のバスケットマンを思い出していた。
俺には仙道とギルが結びつかなかった。
「で…?」
「で、「アメリカ産センドー」だから、「アメセン」」
相変わらずおかしなニックネームをつける桜木に、俺は笑った。ちゃんと笑顔になった。久しぶりだなんて思えないくらい、変わらない桜木。変わったのは、互いのバスケットの技術だけ、らしい。ならば、別に離れていても大丈夫、なんてふと思った。いったい何が「大丈夫」なのかはわからないけど。
俺は、桜木の顔を右側からじっと見た。視線に気付いたのか、俺と目を合わせた桜木が問う。
「なんだ?」
「…別に」
「…ふーん」『あのさ、見つめ合っちゃってるところ悪いんだけど、そろそろじゃないか?』
ギリギリまで中に入らない桜木に、ギルは遠慮がちに告げる。桜木も、俺も、あっさりと立ち上がった。
桜木は、「じゃな」とだけ言って背を向ける。俺も「おう」しか言わない。それ以上、何も言えなかった。
『余計なお世話かもしんないけど、なんか、こう、もっと劇的なお別れシーンとか、出来ないのか、お前ら?』
ジェスチャーつきの発言に、俺は気持ちだけ笑った。ギルの言う『劇的』な別れはムリだけど、一つだけ聞いてみたくなった。
「桜木」
「んあ?」
もうちょっとで荷物をX線に通そうとしていた桜木は、その場で振り返った。戻ってこないから、俺が少しだけ近づく。周囲には誰もいないけれど、係りの大男が睨んでいた。
「バスケット…」
「えっ?」
「バスケは好きか?」
俺の質問に、桜木は眼を大きく見開いた。ほんの数秒間があって、顔の力を抜いた桜木が、エラそうな笑顔で言う。
「あたりめーだ。なんせバスケットマンだからな」
後半部分は腕組みをして、意味もなく態度まで尊大になる。威張るようなことなのか、と呆れて目を逸らした。でも、安心もした。
「あ、それからな! オメーを倒すのはこの俺なんだからな! 覚えとけよ!」
長い指を俺の眉間に向ける。指先を見つめると、眼が寄った。何も考えないでも、俺は自然と行動に移す。その手を叩いて、こう言うのだ。
「どあほう」桜木は、笑顔で帰っていった。俺は、ギルとバスケする。
これで、いいのだ。
2001.10.10 キリコ
次からは、どーんと時代(?)が飛びまする
。