流川楓25歳
日本のバスケット界は、世界から見てどうだろう。そんな問いかけをしたのは、確か安西監督だ。日本一の高校生になれと言われ、指導を受け、日本を飛び出してもう何年になるだろうか。ほとんど帰省もせず、どっぷりアメリカのバスケットに浸かっていた。自分より上の人間がゴロゴロいる世界は、俺に止まることを許さなくて、日々の積み重ねが楽しくて苦しくて、バスケットのない日はないくらい、バスケ一色の人生。間違いなく、俺はシアワセだ。
ただ、ときどき、チームの中に、または相手チームの中に、赤い髪を探すことがあった。ほんとにたまーに、だけど。カリフォルニアの陽気な雰囲気は、アイツのようだ、なんて実は思っていた。誰にも言ったことはないけれど。ただ、アイツに似合う気がする。ギルとも離れてしまったけれど、連絡が途切れることもなく、何度か対戦したこともある。この広いアメリカで出会った、友人と呼べる貴重な奴。そうなんだ、きっとたぶん、親友ってやつ。アイツとはまた違った意味で、大好きな男だ。
そのギルは、当然のようにNBAに入団するという。大学卒業間近に、そんな話をした。
『カエデはどうするんだ? 誘いはあるだろ?』
大学リーグでも、それなりに名の知れた日本人であるらしい俺は、このままアメリカ人になるんじゃないかってくらい、アメリカにどっぷりはまっている。強いチームで、強い敵と戦いたい。そう思うのと同時に、安西監督からの一言が頭から離れなかった。
『そうだな… チームを選べるくらいには、来てるよ』
『じゃあさ、俺と同じとこに行かないか?』
冗談めいた口調で、でも青い眼だけは真面目に聞いてくる。けれど、俺の返事ははっきりしなかった。その頃にはすでにおぼろげとではあるが、自分の路が決まっていたのだろう。
『…桜木が、こっちに来る』
『え、そうなのか? カエデと同じチーム?』
『いや…違う』
まだ続いてるんだなぁとからかい口調になって、この会話は終わった。後は、ギルのチームやカノジョの話をタイクツせずに聞いていた。
俺は、ギルともアイツとも、違うチームを選んだ。続くとか、続かないとか、そういう感じじゃなくなったのは、いつからだろうか。
アイツが湘北を卒業して、わざわざ俺に会いに来たとき、あれから何の不安もなくなった、気がする。何に対しての不安か、漠然としかわからないけれど、アイツがバスケットを続けるだろうことだけははっきりした。ギルは、浮気の心配しないのかとか、気持ちが離れるんじゃないかとか、当事者である俺よりも気にしていた。けれど、アイツがバスケットをしている限り、俺の影がちらつくに決まってる、なんてーのは、俺の思い上がりだろうか。たとえ、他に目標が出来ても、バスケットから離れない限り、アイツの記憶の中から「流川楓」がいなくなるとは思えなかった。想像すら出来なかった。実際アイツは、大学に入学して卒業するまで、俺が引っ越しても、ハガキを絶やさなかったし、なんとか会う機会を作ろうとしていた。そして、俺はできる限り、それに応えた、つもりだ。会えば、バスケットをして、一緒に眠る。何年経っても、大きな変化はなかった。
それでも、アメリカでバスケットをするというアイツに、予防線のようなハガキを書いたのは、どこかに現実化するだろうという不安があったからだろう。
結局、ほとんど入れ替わるように、アイツはアメリカに行き、俺は日本に戻ってきた。日本の会社というものが、いかに窮屈か、うまく言えない。ささやかながら自己主張に慣れていた俺は、また黙ったままバスケットだけをする、という生活に逆戻りだった。ずっとアメリカにいた俺は、コーチやチームメイトからすれば異端者で、実力は認められても、疎外感は拭えない。そんなスタートだった。他の会社には、高校時代に対戦した強豪どもがいるけれど、対戦以外で会うこともなく、俺は淡々とした日々を送った。慣れない仕事も、それなりにこなす。バスケットの時間だけが楽しみ、という点は、高校と変わらなかった。
そして、桜木花道が帰ってきた。ついに、というか、やっと、というべきか。
2001.10.23 キリコ