卒 業
3年生が卒業する。もう、赤木先輩たちがガクランを着てこの高校に来ることはない。体育館でバスケは出来るかもしれないが、それはもうOBとしてだ。もう二度と、同じ立場でバスケをすることはないだろう。夏のメンバーは、あれが最後だ。
式の後、クラブで集まる。一言送る言葉をと言われても、俺はあまりトクイではない。「お元気で」と言うと、一言過ぎると三井先輩に殴られた。俺達1年にとっては、高校生活はまだ始まったばかりといってもいい。やっと1/3まで来たところなのだ。なので、卒業でしんみりというのがわかりにくい。中学を卒業したばかりだといえばそうなのだが、それとも違う気がする。
バスケの、いいチームだと感じたから、そのメンバーがバラバラになるのはどこかもったいない。それでも、俺は俺のプレイをどこへ行ってもやればいいわけで、後はチームメイトがスゴイ奴らだと、俺はもっと努力する。
いつか、日本一へ、そして世界へ飛び立ちたいから。「これからも、助け合って練習に励んで、夏の雪辱戦といってくれよ」
赤木先輩がみんなの顔を見ながら言う。キャプテンらしい。
「湘北でバスケが出来て良かったよ。これからも頑張って」
木暮先輩は、こんなときでも穏やかで、でも涙を浮かべても泣きはしない。
卒業する全員が一言ずつ挨拶するんだと思ったが、三井先輩はまるでスネているように見える。口を尖らせたまま何も言わない。卒業するのが嫌なのだろうか。
「何だよミッチー。そのツラはよ〜」
桜木が、からかうように三井先輩に近づいた。肩をガシッと掴んで大きな声で言う。
「この天才とのバスケ、したりねーんだろ?」
こんなときでもバカなことしか言わない。ウルウルしていた他の部員も吹き出した。ある意味その場が和んだかもしれないが、俺はやはりこう突っ込む。
「…どあほう…」
この一言に桜木は敏感に反応した。
「ぬっ! 何だとルカワーー!」
「さっ、桜木くんっ!」
「ヤメロ、花道!」
1年もマネージャーも桜木を止めに入る。俺はポケットに手を突っ込んだまま、突進してくるアイツを避ける。結局殴り合いになるわけだ。こんな日でも、俺達はいつも通りなのだ。
部員全員のため息と、赤木先輩達の「お前達が一番心配なんだ」という呟きに、俺達は全く気が付かなかった。今日はこんな日だった。
練習もなく、それでも校門で待っていたらしい桜木とブラブラと歩いていく。
いつもなら黙って歩く桜木は、今日はやけに饒舌だ。どうでもいいことを話し続ける。それでも俺も、割と真面目に聞いていた。返事はしなかったが。
「海に行かねーか?」
という誘いに取り敢えず乗る。まっすぐ家に帰りたくないらしい。
砂浜は、どこまでも続いている。このまま歩き続けるとずーっと日本を回れるのか、とひそかに疑問に思ったが口にはしない。釣りが出来そうな防波堤の端に並んで座る。日も高く眩しかったが、まだ冬と春の間で風は冷たかった。
横を向くと、赤い髪が明るく見える。1年前入学してすぐの頃のような長さになっており、これはこれで人を威嚇するだろう。毎朝髪をセットするのだろうか、それが不思議だ。洗い晒しの自分とは違う。そこまで考えてから、自分で自分に驚いた。人をこんなに観察したことはなかったから。
桜木は、俺が見ているのに気が付いているだろうが、まっすぐに海の向こうを見つめたままだった。どうも肩が落ちているようにしか見えない。
「…なぁルカワ…」
「…なんだ」
「……さみしーよなァ……」
その声は、本当に寂しそうで、そして俺はコイツはずっとその一言を言いたかったんだろうと思った。ガマンしてはしゃいで、みんなを笑わせる。そんな努力をしろと誰も言ってねーのに。やっぱりバカだ。
「…そうだな」
俺もそう思っていた気がするから。
意識していたわけではないが、残る俺達はいつも通りだ、と見せたかったんだろうコイツに、俺は合わせた、んだろう。今思えば、の話だが。
肯定した俺に、桜木は驚いたようだが、その次に何とも言えない表情になったので、怒ることも出来なかった。
珍しく、俺から手を握ってみる。相変わらず俺より温かい手のひらに、なぜか安堵した。コイツも、ギュッと握り返してくる。頭を乗せた膝を抱え込むように座る桜木に、顔を寄せる。俺からするのは初めてだし、こんな明るい中でいい度胸をしている。それでも、必要と思ったときはそうする。他人はどうでもいい。
桜木は黙って目を閉じた。触れ合わせただけの唇の上に言葉を乗せる。
「…泣くんじゃねーどあほう」
桜木は、寂しそうに少しだけ涙を流した。
2000.9.24 キリコ