カリフォルニア滞在記  <花道> 

 

 俺が、この俺が。天才桜木花道様が、だ。
 いったい何の努力をしてしまったんだろう、なんて以前なら考えたかもしれない。
 ちっとも帰国しない流川の代わりに、俺は可能な限りアメリカにやってくる。バスケットで埋め尽くされた大学生活をちょっとずつ削って、俺は肉体労働をする。それが一番ペイがいいから。格安チケットといってもそれなりにする国際線。浮かした宿泊費は次の旅費にする。とかいって、シューズやらのバスケット用品に消えて行くのだ。
 それでも、どんなにメンドウと思っても、流川に会えるのならばエクスペンシィーブとは思わない。
 んかーーーっ!! この俺様が、なんてオトメちっくなことを考えちまったんだろう!
 チガウぞ! お、俺は、アイツを倒しに来ているのだから。

 
 久し振りに見る流川は、日に焼けて、髪もちょっとパサついていた。ほんのちょっと、身長が伸びた気もするけど、本人が違うというのだからそうなんだろう。たぶん、ちょっと逞しくなった。だから、大きく見えたのか。以前より筋肉がついて、大人になってきた、気がする。
「…何見てんだ」
 洗濯機を回す流川の背中をじっと見ていたのがバレたのか。
「べ、べつにっ テメーのことなんか見てねーよ」
「…あっそ」
 そっけなさは相変わらずで、でもその変わらない様子にかえって安心もしていた。
 それにしても、二人きりになるチャンスがない。部屋で二人きりになっても、すぐにルームメイトとやらが帰ってくる。当たり前なんだけど、でもちょっと…不満… もっと悔しいのが、キツネの方はそんなことを気にしてない感じ。
 いーけどよ…バスケットは毎日一緒にたくさん出来るから。


 単調な日々を過ごしてみると、だんだんそれが普通に思えてくる。けれど、ここは俺の部屋ではないし、部屋にあるバスケット雑誌は英語ばかりだ。一歩部屋を出ると、日本語が通じない世界だった。
 夜になると、プレイルームでビデオを見るか、部屋で…ベッドの上しかくつろぐところはないけど、並んで本を読んだりする。会話はないけど、お互い気にならない。
 穏やかな時間を過ごしているのに、イヤだけど思い出してしまう。
 この時間には、限りがあるのだ。
 …けどまあ、考えてもしょうがないし、いる間は少しでも楽しもうと思う。
「なあルカワ…コレ何て意味?」
 英語に関してだけは、当たり前だが差がついてしまっている。その点はもうしょうがない。
 バスケット雑誌を開いたまま、左に座る流川に向ける。
 すると、素直にこちらを向いた流川の頭が雑誌に近づきすぎた。ちょっと焼けた、けど黒い髪が紙の上でパサリと音を立てた。
 ゴクリとツバを飲み込んで、「どれ」と聞いてくる流川と一緒に小さな文字をのぞき込む。けど、わけのわからない羅列はもう目に入ってこず、久しぶりに近づいた流川の顔を凝視してしまった。
「…?」
 返事をしない俺を怪しんで、眉を寄せて顔を上げる。
 至近距離、という言葉を思い出した。同時に、近づいても良い相手だったと互いに気づいた気がする。
 また、ゴクリとツバを飲み込んだ。
 どっちが先、なんてわからない。けれど、磁石のように引き寄せ合う。
 直接触れる前に、流川が長いマツゲを瞬きして閉じた。そのせいで、心臓が音を立てた。
 名前を呼んで、その後頭部に手を当てようとした。
「ルカ…」
 その瞬間、ドアがガチャリと開いた。
「カエデ? ハナミチ? 何してんの」
 反射神経の良さを自分で褒めたくなんかないけど、すごかった。ベッドの端に倒れた流川に対し、俺はバスケット雑誌を顔に当ててあちらを向いた。
 しばらくルームメイトとやらは宇宙語でしゃべっていたけれど、俺の耳には全く入ってこず、いつまでもさっきの距離を思い出していた。
 あと5分…いや1分でもいい。遅く帰ってくればいいのに、と毒づいた。

 

 

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2002.7.12  キリコ