一番に

 

 泊まっていけ、と言われて、なぜ俺がと断ろうとした。やけにしつこく誘う桜木に変だと思いながら、そんなにいてほしいのか、とエラそうに泊まることにした。気のせいか、桜木は嬉しそうにも見えた。

 桜木って奴は、意外とまめというか、気を遣う奴なんだと知った。昼食も夕食も自分で作る。当たり前かもしれないが、俺の分も勝手に作る。これがまた結構旨い。
「有り難くいだだけ」
 と、エラそうに言う割には、俺が口に入れるまで、黙ったまま待っている。俺がバクバク食べ始めると、安心したかのように自分も食べる。旨いと思っても、そう言うのが嫌で、黙ったままおかわりしてやった。こういうの、マンガかドラマで見たことある気がする。新婚さんってヤツ。ゲー…。

 外は相変わらずの雨で、食べる以外、特にすることもなく、俺はバスケ雑誌を繰り返し見ていた。いつの間にか突っ伏したまま眠っていた時間もある。いつも似たような時間に寝ているからだ。別にリラックスしてるわけじゃねー。
 寝っ転がっている俺の視界の端に、桜木が座っているのが見えるが、何をしているのかは知らないし、干渉はしねー。人が一人いるのに、居心地悪ぃとか思わねーってのは、珍しいかもしれない。
 夕食が終わって、風呂に入れと言われて大人しく入る。湯船に浸かりながら、家にいるような感覚に陥る。ものぐさだと自他共に認める俺は、命令されるのは好きじゃねぇが、あれしろこれしろと言われるのは結構有り難いと思っているのかもしれない。いや、桜木が有り難いって意味じゃねーと慌てて心の中で打ち消した。
 俺と入れ替わって風呂に入った桜木が、いつ出てきたのか俺は知らなかった。2組敷かれたふとんに、旅館みてーだと倒れ込んだのは良かったが、そのまま眠ってしまっていたらしい。

 
 たぶん、真夜中。グッスリ眠っている俺を起こす声が聞こえた。「うるせー」と言ったつもりだったが、ちゃんとしゃべれているのかわからない。俺を起こそうと、肩を揺すってくる。俺の睡眠を邪魔するヤツは、と言いたいのに眠くてうまく話せない。
「…うるせー」
 その手を払いのけようとしたが、相手は引き下がらなかった。
「ルカワ? 起きろって」
 その声は桜木か、なぜここにいる、と思ったと同時に、ここがコイツの家だったことを思い出す。
「…うるせーぞ」
 たとえ泊めてもらったとしても、眠っているところを起こされる理由はないはずだ。
「ルカワ?」
 しつこく俺を呼ぶ声に、少しだけ瞼を開けて首を上げた。その次に、右耳の下に熱い肌を感じ、桜木が俺の首の下に腕を入れたことがわかった。眠くて力も入らず、俺はまた枕に倒れ込んだ。
「ルカワ、起きて聞いてくれよ」
 いったい何事だというのだろうか。腕枕がしたかったというのなら、他のときにやれと思いつつ、春の肌寒い深夜にこの温かさは手放す気にはなれなかった。
「……なんだ…」
 瞼を閉じていても、本当に目の前で話しかけられているのがわかる。聞くまで寝そうにないコイツに、口だけで反応した。
「…俺、今日誕生日なんだ…」
「…誕生日…」
 何の話かと思ったら、誕生日、そう言われてもしばらく何のことだか理解出来なかった。
「…今日は、31日か?」
「さっき4月1日になったんだ。めでてーだろ? なぁルカワ。おめでとうは?」
 ということは、時報とともに、ではなくても、誕生日が来てすぐに俺を起こしたということか。もしかして、それって女々しくねぇ? いや、良い言い方をするとロマンティストなのかもしれないが。
「あーめでてーめでてー。…んなことで起こすな」
 大きなため息をついて、また眠りにつこうとした。
「うがっ! 寝るなよ! なぁもっと気持ちを込めて言えよ」
「…だからおめでとー」
 抑揚のない声に、俺のぞんざいさがわかったかもしれない。そんなもんは、言わせようとしてもダメだ。それにしても、エイプリルフールに産まれるとは、コイツらしい。
「…てめー、学年間違えてねーか?」
「ぬ? 4月1日までは一緒なんだ。そんなことも知らねーのか」
「…もう1日遅く産まれてりゃヨカッタのに……」
 いい加減、コイツも怒って来たらしい。首の下の腕が振るえている気がする。
「ちっ! もういいよ、せっかく祝わせてやろうと思ったのによ」
 そう言って、腕を引き抜こうとする。てめーはなんで素直じゃねえんだ。
「…どあほう…」
 すぐそばにある顔を鈍い動きしか出来ない両手で挟み込み、ほんの少し引き寄せるだけでソレは触れ合う。目を瞑ったままでも出来る。重ねた唇の上に言葉を乗せる。俺はこの熱い部分に直接話しかけるのが結構気に入っているらしい。
「…てめーはいくつになったんだ?」
 少し寝ぼけたままの声だが、さっきよりは起きている。桜木の体がピクリと反応したのが伝わった。
「…16…」
「……ヨカッタな、16になれて」
 そう言った後、少し音を立ててキスをする。もう何度目かわからねーし、何故してるのかもわからない。
 こんな言葉じゃ物足りなくて怒るかな、と思ったが、意外にもフッと小さく笑った。そして放り出していた腕をどちらも俺の背中に回してきた。熱い腕を背中に感じ、俺は今抱きしめられてんだ、と想像して、一瞬赤面した。俺の手は頬に乗せたままで、窮屈だと訴える腕を降ろすと行き場がなく、仕方なく同じように広い背中に回す。キュッと掴むと、同じように力を入れられたのを背中で感じた。
 額を押しあてた首筋からも、合わせた胸からも、コイツがトクトクいっているのがわかる。腕の中は本当に暖かく、このまま眠りに落ちそうだった。桜木のそばが、こんなにも落ち着くところなのだとは、知らなかった。時々頭のてっぺんで、俺を呼ぶ低い穏やかな声が聞こえる。
 俺は今、全身で桜木の熱さを感じていた。

 

 

2000.9.28 キリコ

SDトップ     NEXT>