エイプリルフール
「ルカワ」
春休みの部活が終わって、まだ明るい時間に帰宅する。ガラ空きの自転車置き場で苦もなく自分の愛車を見つけた流川は、声の方に振り返った。
「俺よ…オメーんこと、けっこーキライだぜ」
「……?」
何のためにわざわざわかっていることを言いに来たのだろうか、流川は怒りを通り越して、理解不能人物だと分類した。元々そうだったけど、知り合って1年になるけれど、わからないことだらけのチームメイト。流川は、友好的でないセリフを躊躇いながら曰う花道を凝視した。
「…聞いてんのか、ルカワ」
目の前に立って、しかも周囲には誰もいない。相手が自分に言ったことは明白だったし、流川も寝ぼけてはいない。
「………だから?」
流川の小さな問いは、春の強い風の音でほんの少し消された。まるで、怯えているかのようなか細い声。流川は自分の口の中が乾いていることに気がついた。
「キライだよ…大っきらいだ」
何度も何度も言う。花道が赤い顔をしていたことに、そっぽを向いていた流川は気づかない。言われれば言われるほど、胃のあたりがムカムカする。
いつものようなケンカならば、スッキリするはずなのに、言葉の暴力に流川は初めて戸惑った。
「…っるせーんだ、どあほう。俺は、テメーのことなんか何とも思ってねー」
反応を受けて、花道は一歩後ずさった。
「…何とも?」
「……」
ちょっとだけ上目遣いの瞳に、流川は舌打ちした。イライラして、ムカっ腹を立てているのはこっちの方なのに。なぜそんな表情をするのだろうか。
黙ったまま、流川は自転車を押しだした。これ以上不毛な会話は続けられない、と勝手にうち切った。
「今日って何の日か知ってっか?」
ほとんど無視したままの後を、花道はついてくる。自転車に乗ろうとしたら、無言で止められて、強引に歩かされる。
「……知らね」
「今日ってよー4月1日なんだぜ」
「…だから?」
少しずつ流川の声が大きくなっていった。ポツポツと返ってくる言葉が花道は嬉しかった。
「エイプリルフールだよ」
「……だから?」
流川は振り返り、呼びかけられたとき以来、初めて花道と目を合わせた。
「1年で、今日だけはウソついていいんだよ」
「……だから?」
花道は、その変わらない表情に肩をすくめた。
「今日は、4月1日」
「…さっき聞いた」
「誕生日なんだぜ」
流川は表情を動かした。少し驚いたのだ。
「…誰の」
「天才桜木花道」
まっすぐに自分の目を見て話す花道は、いつも知っているどあほうだ。流川はそんなことを考えた。そのせいで、「だから?」と繰り返すことが出来なかった。春らしい陽気の中で、真っ黒いガクランを二つ並べて、花道と流川は公園のベンチに座った。風は気持ちいいけれど、その状況が不本意な流川は、奢られたジュースを飲み干すとともに立ち上がった。
「…ルカワ、俺、やっと16歳だ」
首だけで振り返った流川は、眼だけで「だから?」と聞いた。
「明日っから先輩だぜ、スゲーよな」
「……留年しなかったのか」
「俺、バスケしたい。先輩になったらビシビシ指導すんの」
遠くを見つめて、熱い口調で語る。穏やかな顔なのに、メラメラ燃える感じ。流川はそう思った。
いい加減、一緒にいるのは変だと気づき、流川はまた自転車のグリップを握る。けれど、ふと思いついた質問を口にした。
「…テメーのウソは、どれだ?」
「……わかんねーの」
「…全部ホント、じゃねぇの」
思い返した流川には、花道にウソがあったとは思えなかった。
いったん俯いて顔を上げた花道は、ポマードの後頭部をポリポリとかいた。
「ひとつ、ついた」
「…どれ」
「……おめでとう、って言えば、教えてやる」
「…別に、いー」
「…そっか」
花道は、また頭をかく。髪の毛全体をくしゃくしゃにした。自転車にまたがって、流川は10mほど進んだ。止めてしまったのはなぜなのか、流川にもわからない。どうしても気になったのだと言い訳した。
「……めでと」
ブレーキの音の中で、気持ちのこもっていないお祝いの言葉を言った。それでも、花道の耳は、聞き逃さなかった。
背中を向けたままの流川に、花道は心を込めて告白する。
「き…キライなんだよ、テメーなんか」
「……ふーん」
今度こそ、流川は自転車を力強くこいだ。
一人残された花道が、両手で顔を覆っていたことなぞ、知るよしもなかった。「キライがウソ…って何だ」
もうすぐ自宅というときに、流川は口に出して考えた。
その意味に見当がついたとき、流川は自転車ごと転けてしまった。
足に小さな擦り傷が出来たと同時に胃のムカムカが収まったことに、流川は気づかなかった。
花道お誕生日おめでとう!のお話のつもりだったんですが…生ぬるいなぁ…(笑)
今年は桜満開のエイプリルフールです! (関西は)2002.4.1 キリコ
その後