Fox&Monkey


  

 三井はその年のお正月を友人たちと迎えた。大学生らしく集団で、しかも大晦日の早い時間から呑み始め、3次会の途中で年を越したことになった。賑やかな時報とともに、彼らは揃って神社へ向かった。
 混み合った神社を後に、彼らは長い時間歩いた。肌寒い深夜の風に疲れ、暖を求めて24時間営業の店を探す。たくさんあるはずの店を通り越して、彼らが辿り着いたのは、馴染みのある店だった。
 そこで、彼らはテーブルに突っ伏した。

 三井が目覚めたのは、尿意を催したからだった。さっきまでの自分と同じように、テーブルに顔を貼り付けている友人たちを跨ぐように、三井はその場を離れた。
 そして、ぼんやりとした視界の中に、見知った顔を見つけた。
 4人がけのテーブルに向かい合って座る二人は、どちらも俯いていた。1人はマフラーに顔を埋め、もう1人は赤い髪を隠すかのようにキャップを被っている。この暖かく明るい店内で、変装しているつもりなのが、逆に目立っている、という感じだった。
 洗面所からの帰りに見ても、彼らは全く動いた様子はない。しばらくして、そのキャップは窓の外に向いた。けれど、それ以外は動きもしない。おそらく、会話も何もない。
「…こんな朝っぱらから…」
 だいぶ目覚めたらしい三井は、彼ら二人について考え始めた。
 見なかったことにしよう、と思うのに、目が離せなかった。
 彼らから距離を置きながら自分の席に戻る。そこからでも彼らを確認できた。
 じっと見ていても、本当に置物のように動かない。
「デート……」
 じゃないのか、なんて思う。彼らにとっては。
 そんな単語が出てきて、三井は1人で勝手に照れた。
 何回二人でいるところを目撃しても、やはり想像もつかないのだ。
「元旦だぞ…」
 自分に呟いた。一年の計は元旦にあり、のその日に、下世話な想像はしたくなかった。
 おそらく10分くらい経って、彼らはほぼ同時に目の前のコップを持ち上げた。互いの動作に気づいて、彼らは顔を上げる。おそらく睨み合ってから、どちらも飲むのを止めた。
「…何やってんだ…あいつら…」
 いい加減、でば亀のようなことは止めよう、と決心し、三井は彼らの方へ向かった。

 人が近寄る気配に気づいたのは花道だった。
「…え……ミッチー?」
 顔を上げながら、かなり大きな声を出した。わかりやすい動揺に、三井は心の中で笑う。
 花道の声に、流川も顔を上げた。ぼんやりとした視線で、それでも首をぺこりと下げた。
「…っす」
 聞き取れない挨拶を受け、三井は「よぉ」と声を出した。そして、花道を奥へ追いやるように隣に腰掛けた。
「おめーら…こんな朝から何してんだ?」
「……ミッチーこそ…」
 花道の腕を三井は肘で突いた。そんな三井を、流川はじっと見ていた。
「ランニング」
 流川の声は、ぼんやりした目線と違い、はっきりしていた。
「ランニング? 元旦の、こんな朝っぱらからか?」
 それが彼らにとっては日常のことだとうまく説明できない。いつも一緒に走っているといえないからかもしれない。そして、この店が自分たちにとって少し特別であることもいえるはずもなかった。
 流川はおそらく三井が知っていることをわかっていたし、三井もそれをわかっていただろう。花道だけが、三井は知らないと思っているからこそ、会話はぎこちなくなった。
「…先輩…アメリカに行く練習っす」
 三井は、今日はやけにハキハキ答える流川を見た。砂浜を二人で走ることがなぜアメリカに繋がるのか。花道と三井に話し合わせないために流川が熱弁しているように聞こえて、また笑った。それは嫉妬というものではなく、花道を守ろうとしているように思えたから。
「…あの流川がねぇ…」
「……はっ?」
 隣で聞いている花道にもよくわからなかったが、3人とも寝ぼけているのだ、ということにした。実際、花道も流川も、そして三井も、何回もあくびをしていた。
「おめーら、ここによく来るのか?」
 いくら安いとはいえ、こういう店に高校生がよく来るのだろうか。
「あ、いや…」
「そーでもねーです」
 流川は花道のたどたどしい返事を遮った。
 三井の知る花道ならば、こういうとき流川に「このキツネ!」などと言いながらケンカが始まるのではないか、と思う。けれど、花道は三井と出会った動揺から立ち直れていないらしい。
 しばらく、あくび以外は沈黙が続き、三井は居心地悪く感じ始めた。
 彼らは、黙ったまま向かい合っていることができる。それなのに、自分が入ったことで、微妙に空気が変わった気がする。話しかけたことを少し後悔した。
 三井は落ち着かなさを貧乏揺すりで示し、それから立ち上がった。
「おめーらには壮行会もしてやったしな、じゃあな」
 勢いよく立ち上がった音に、花道も流川も顔を上げた。三井は迷いなく離れた席へ向かった。その姿を二人はじっと見ていた。
 三井が座ったのを確認して、流川は立ち上がった。
「…俺も帰る…」
「え…ルカワ…待てよ」
 花道は状況に付いていけないまま、流川を追いかけた。突進したために、目標にぶつかった。突然のことにバランスを崩した流川は、別の椅子に腰をぶつけた。
 その様子を、三井は友人たちの頭の向こうに見ていた。
 流川は腰を押さえ、うずくまるような体勢を取った。そして、花道は流川のそばでおそらく「大丈夫か?」を繰り返しているらしい。そんなに強く打ったのだろうか、と首を傾げ、次の瞬間に良からぬことに行き当たった。
「…まさか…」
 三井は心の中で絶叫した。両手で頭を抱え、巻き込まれてしまった自分を哀れに思った。
「カンベンしてくれよ…」
 二度と、この二人が二人きりでいるときに会いませんように…と真剣に祈った。

 


ごめんね…ミッチー!

2006. 12. 29 キリコ
  
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