Fox&Monkey
花道と流川の3学期は、まるでこれまでの春休みのようだった。授業もなく、入学試験もなく、卒業試験らしきものにかろうじてパスすると、あとは卒業を待つだけとなったからである。センター試験やら私大受験、専門学校にも試験はあるらしい。彼らは周囲の慌ただしさを横目に、淡々とした日々を送った。
学校に行く必要のなくなった彼らは、毎日コートに出た。この頃は、流川は2日に一回は花道の家に泊まっていた。流川の家族としては、もう諦めに似た思いがあったらしい。朝起きてご飯を食べてコートに出て、昼ご飯を食べに戻り少し体を休める、そしておやつの時間あたりにはまたコートでボールを跳ねさせる。それが出来ないときは体力作りにあちこち走った。
彼らの日常がほぼ変わりないように、彼らの会話もほとんど同じものだった。それでも流川は何とも思わなかったが、花道はたまに違うことを考えたりするらしい。
もうすぐ日本を出る、という言葉は、お互い口にはしないけれど、それを目標に日々練習している。そして、花道は、日本での思い出を作っておきたかったのだ。花道のプランは、案の定流川の盛大なため息を呼び起こした。
「…どあほう」
何度もため息をつく流川に、花道も反発する。
「なっ てめっ そんな言い方あっかよ!」
「…どあほうとしか言いようがねー」
「てんめーっ 人の気も知らねーで!」
流川はやっと花道の目を見て、低い声で返した。
「…気が触れたとしか思えねー」
「なにぃ?!」
「てめー…その金、どーした」
花道は言葉に詰まった。
流川の言い方は花道のように怒鳴り声ではなかったけれど、流川がかなり怒っているのがわかったから。もちろん、本気で怒ったとき、流川は完全に無視するだろうことも知っていた。
「……どうって……」
花道のトーンダウンを聞いて、流川はそれから数分黙ったままでいた。説明を待っているのではなく、自分の言葉を整理しているようだった。
「…てめーの金は、てめーの生活費だ。自覚がねーくせにアメリカとかいうな」
花道が驚くほど、流川は流暢に話した。その内容も、花道は重々承知のことだった。
「わ……わかってるよ…けどよ…」
「じゃー何でこんなトコ来る」
彼らが立っているのは、温泉宿だ。部屋に貸し切り温泉が付いているタイプの。
花道の考えが、流川には何となくわかる。わかった気がするのだが、理解はできなかった。彼にはこれが「無駄遣い」にしか思えなかったから。
ここまで来てから言う流川も辛辣だが、どこへ行くかも知らせないまま連れ出した花道も確信犯だった。
とにかく、部屋に入った以上、帰るのは余計もったいない、とどちらも思った。ぜいたくな上げ膳据え膳の夕食を終えて、少しゆったりした気持ちになり、会話のないまま温泉に入った。長身の彼らが入るには狭いけれど、花道宅のよりははるかに広い。並んで空を見上げると、少し空気も和んだ。
「…こ、ここはよ…古傷にもいい温泉なんだってよ…」
花道はポツリと呟いた。
どちらも傷持ちだから、それを基準に選んだのか、と流川は思った。
けれど、花道はただ二人きりで入れる温泉を選んだのであって、ついさっき温泉の成分を読んだだけだった。
「…どういって予約したんだか…」
流川の小さなため息を聞いて、花道は自慢げにいう。
「卒業旅行です、ってな」
まあその通りなんだろうと思う。思うけれど、流川には花道の思考が理解しきれなくて、今日何度目かのため息をお湯の中でついた。
「…半分払ってやる」
「な…いらねーよ、バカヤロウ!」
「……貸し借りなしだ。てめーの分は、俺様が払ってやる」
流川は早口で言って、お湯を花道にかけながら上がった。
「この、ルカワっ!」
「…てめーは…こんな、バスケもできねーところに連れてきやがって…」
あとはどうするのだ、と流川には続けることができなかった。けれど、花道には伝わった。
花道の思い出作り、というのも、流川には理解できないものの仕方なく付き合ってやろう、という感じに伝わっていた。
花道は赤くなった頬を熱いお湯につけてから、勢いよく立ち上がった。